カプチーノを飲みながら

カプチーノを飲みながら

イタリア度95%、正直90%、おもいやり90%設定のブログです。

イタリアのカンツォーネといえば

超有名な『オー・ソレ・ミオ』とか『帰れソレントへ』あたりだと思うのですが

それと同じくらいイタリア人に人気なのが

 

彼女に告げてよ/Dicitencello Vuie』という曲です。
リストランテで歌うとイタリア人にウケも良く、僕もとても好きな曲です。

マリア・カラスとも仲の良かった名テノール、ジュゼッペ・ディ・ステファノ

 

どういう曲かというと
ある男性が女性Aさんに

彼女(Bさん)に告げてほしい、僕の想いを」と歌うラヴソング。

男性は女性Bさんに面と向かって告白できないので、恐らく知り合いであろうAさんにBさんへの想いを告げるのです。


同僚のフランチェスコは

いいか、ある女性に想いを打ち明けられない純情な男の苦悩、痛みを唄うんだよ。

まさに俺だ!もっと情熱を込めるんだ。この歌には溢れる熱情が必要なんだ!

 

イタリア人ならではのアドバイスをくれます。

 

 

 

 

 

ちなみにこの曲、3番まであって3番の歌詞の内容はというと

 

女性(Aさん)の頬を伝う悲しみの涙。

この女性は男のことを愛していたのだ。
「真実を言おう。彼女とは“あなた”のことだ、あなたを愛している!!」

 

 

 

ええええええええええええ!!!!

『セクシーコマンドー外伝 すごいよ!!マサルさん』より

実はAさんこそが男の愛した女性だった、と歌っているんですけど
この男、本当はBさんが好きだったけど

なんか脈アリだったからAさんにしました的な解釈もできますよね。


なんか、それはそれでイタリア人って感じの歌だなぁ。

 

 

 

ちなみに

この曲を歌った直後にお客さんの女の子(6歳くらい)

 

「どういう曲ですか?」と質問されて


「えーとね、、、、、、ラヴソングだよ。」

と、雑な紹介をしたことをお許しください。

2月に全世界で公開された映画『アリータ:バトル・エンジェル』。

 

実は、映画が公開される前からプロデューサーのジョン・ランドーから

Alita:「Avenging Angel」「Fallen Angel」の仮題で三部作構想が明かされていました。

 

まだ続編制作が決定したわけではありませんが、

イドも「物事の明るい部分を見よう」と言っていることだし、勝手に続編予想をしてみたいと思います。

Let's look at the bright side.

 

 

※ここから先は、原作及び映画の完全ネタバレを書いています。未読・未見の場合は読まない方が良いです。

また、かなり妄想が入った文章なので、どちらにしろファン以外の方にはあまりオススメしません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


まず、この記事で一番書きたかったこと。

 

・最後はノヴァ教授との対決(ウロボロス戦)

・イドは二作目で死に、三作目で生き返る

 

この二点については、恐らく確実でしょう。

もしこの予想が外れなければ、映画版の改変によって

号泣のクライマックスになるでしょう!

 

 

【三作目】

映画の尺の関係もあるので

イドが記憶を消されて生活しているのはザレムに変更されるかもしれません。

そして、アリータとイドの再会はこうなるのではないか?

 

 

ついにイドを見つけたアリータ。

イドがこちらを振り向き「アリータ」と声をかける。

すると、イドに駆け寄っていったのは娘アリータだった。隣には死んだはずのチレンもいる。

イドの家族は、ノヴァの手によって記憶を消され、幸せに暮らしていた。

 

この展開の方が漫画版より劇的だしアリータにとって非情です。

イドに自分を思い出してもらうことは、娘を殺された過去の苦痛を思い出させること。

イドの幸せを願うアリータはそんなことをするはずがないし

そして、娘がいる限りアリータの居場所はありません。

 

泣きながらその場を去るアリータ。

これは泣く。

全米が泣く。

 

 

ちなみに

原作の「ザレム人の秘密」は、「人間の存在とは?」という哲学的なテーマを描く重要なエピソードですが、ザレムへの執着がないガリィから「イド」という帰る場所を消し、物語を前に進める役割も兼ねていました(「イド」という帰る場所があると物語が先に進まなくなってしまう、フォギアの途中退場も同様)。しかし仮に上記のような展開になれば、アリータは帰る場所がなくなるので「ザレム人の秘密」は描かれなくても成立します。

そもそも、一作目でチレンの脳が映った時点で描かれない可能性が高いのですが(原作の頭部を切る描写は完全にR18だし)

 

アリータとイドの再会後

僕だったら原作のGRレプリカ戦の代わりにゲルダとの対決にします。ノヴァが生き返らせていたことにして(ミシェル・ロドリゲスが回想シーンの出演だけで終わるとは思えないし、レプリカより師匠と戦う方がドラマティック)

そして、心身ともにボロボロになってからのウロボロス戦ですよ。

夢の中でのイドとの対面シーンは号泣必至ですよ、これは。

これは号泣必至

個人的には、アリータはノヴァ教授を斬らずに倒してほしいな。今までスターウォーズにも多くのSFアクション映画にもできなかった、ボスを殺さずに完全勝利する作品として歴史に名を残してほしい。

原作では陽子という本名が明かされますけど、映画では雑音になるので別に入れなくても良い派です。名もない少女が世界を救う方がすっきりするし。

 

 

・ノヴァ

ノヴァ役はカメオ出演していたエドワード・ノートン

知性のある狂人を演じさせたらNo.1だと思います。アカデミー賞級のマッドサイエンティスト演技が見たい!

映画では始めからザレムにいる設定です(ビゴット局長役も兼ねていたようです)が、原作ではチートキャラだったのでいくつかの改変にも「ノヴァ教授ならこれくらいやりそう」と思っている自分がいました。続編もずーっとモニター越しで話すだけということはなさそうなので、もしかしたら地上にノヴァのスペアボディがいて研究をしているとかありそう。そこでイドと会うとか。

 

 

・終盤の展開

「イェール」や「ラダー」「ヤコブのはしご」といった設定は欧州ウケするので、映画でも描かれるのではないか。

ただ、こうなると号泣必至のクライマックスで「実はザレム人は・・・」「実は親玉は・・・」と何度もどんでん返しが続き、展開がかなり性急になってしまいます。親子愛の話として十分に感動的な物語にできるのに、蛇足になりかねない。

原作でも、ガリィがザレムで目覚める一話分で一気にメルキゼデクまで行き、真実を知り、ザレム崩壊から世界を救う怒涛の展開。しかも説明ゼリフが多いので、これをそのまま映画にするとチープになると思います。

アリータがザレム崩壊を防ぐラストはそのままにして、そこまではかなりコンパクトな展開にするんじゃないでしょうか。

 

 

・ルゥ〇

ルゥ・コリンズの名字繋がりでリリー・コリンズはどうでしょう?

地上人との対比としてザレム人を描く必要があるので登場するでしょう。

廃棄されるルゥを救う場面は、ヒューゴを救えなかった対比として描く必要があるでしょう。

ビゴット局長やDr.ラッセルは登場しない可能性が高い。

三作目は終盤の展開が盛りだくさんなので、ルゥとアリータが通信を通して知り合う場面から映画が始まり、ルゥの手助けでアリータはザレムに行き、ルゥはそれが原因で廃棄されるというのはどうでしょうか。

 

 

・ケイオス、電×

ケイオスは、原作の世界観やノヴァ教授のキャラを掘り下げる意味では必要ですが、三部作の限られた時間を考えるとカットだと思います。ウロボロス戦もケイオスの力を借りずにアリータ自身の力でノヴァを倒した方が良いでしょう。同様に、電とバージャック戦記は全カットだと思います。描ける時間がない。


 

【二作目】

・ジャシュガン〇

一作目にはジェイ・コートニーがジャシュガン役でカメオ出演していました。

ジェイ・コートニーは

『ダイ・ハード/ラスト・デイ』(作品は不評だったけど)

『ターミネーター:新起動』(作品は不評だったけど)

『スーサイド・スクワッド』(作品は不・・・)等の話題作に出演しているオーストラリア人俳優です。

主役級のネームバリューを持つ俳優だけに、ジャシュガンを軸とした物語になるでしょう。

ジャシュガン編は原作ファンの間でも一番人気の高いエピソードです。

妹のシュミラも兄妹の絆を描くには不可欠な存在。アリータとイドの親子の関係と対比させて、兄妹のドラマを感情移入できるくらい描いてほしい。終盤のアリータとジャシュガンの対決で、観客がどちらを応援すれば良いのか分からないくらいドラマティックな展開になれば最高です。

一作目でも描かれたモーターボールは、批評家から暴力スポーツ映画『ローラーボール』(1975年)の焼き直しだという批判がありました。モーターボールの設定は、確かに『ローラーボール』からきているわけですが、漫画では緻密な設定で再構築し完全にアップグレードして描かれているので、映画でも徹底的に拘って描いて批評家を黙らせてほしいなと思います。

のちにジャン・レノ出演でリメイクもされました

また、大筋以外のレースシーンは色々とアレンジして面白くできる要素が多いと思うので、個性的な映画オリジナルキャラも登場させそうな気がします。

 

・ザパン△

二作目は、ザパン編も描かれるでしょう。

個人的には、二部構成に分けるのではなくて一作目のように内容をミックスして描くのではないかと思っています。

ただ、ザパン編はかなりダークな内容なので、一般公開の為に漫画版とは異なる内容にするかもしれません。

また、バーサーカー体で暴走する時のザパンがまんまエイリアンなんですよね。

さすがに、この造形で映像化はしないのではないか。

ザパン編を削って、ジャシュガン編を重点的に描くかもしれません。

アリータがスイートピーを植えるエピソードは、コヨミと一緒にヒューゴの墓で植えるアレンジになるかもしれません。

 

自分が二作目を撮るとしたら

アリータとユーゴの別れの場面から始めて、それが実はアリータの夢で目が覚めるという流れ、LOTRの『二つの塔』と同じような始まりにして、原作では描かれなかったアリータの哀しみをしっかり描きたいと思います。一作目でファンに支持されたのはアリータの細かい表情や仕草などの感情表現なので、二作目もそこはしっかり見たいところ。バトルになると、動きが中心でそういう細かい表情が見えなくなってしまうので。

一作目ではなかったこういう画が使われるかも

中盤では、ジャシュガン編とザパン編を交互に描き、ジャシュガンとの対決前にイドが死ぬエピソードを入れる。

その後に、一作目のラストシーンに繋がるようにしたい。つまり、アリータがブレードで涙を切っていたシーンは、ヒューゴへの涙ではなくてイドへの涙だったというオチ(所謂ジェイソン・ボーン方式。2作目のラストシーンが3作目の途中に挟まれ、シーンの意味も変わる)

ジャシュガンとの死闘を経て(ザパンをどう絡ませるかは思いつかなかった)、大ダメージを負ったアリータが目覚めるのはあの部屋。

葛藤の末に扉を開けたところで二作目のエンディング。

 

 

・フォギア△

すごく魅力的なキャラなので是非観たいところなんですけど、アリータがザレムを目指す物語の大筋で考えるとフォギアが出なくても成立するんですよね。三部作だとTUNED編をじっくり描く時間がない。

もし出すとしたら三作目でしょうが、前述のように三作目は描かないといけないエピソードが多いので、キャラを掘り下げた描写は出来ないような気がします。もしくは、ケイオスのサイコメトリーの設定を拝借して中盤でアリータを助ける役にするとか(周波衝拳を放てるのは、無意識にサイコメトリーできていたからとか何とか説明をつけて)

自分だったら、中途半端なキャラ描写になるくらいならフォギアなしにして、孤独な少女が世界を救うアリータ三部作にしてしまう。

そのかわり、二作目と三作目の間にわざと数年間の時間経過を作っておいて、三部作が大ヒットしたらの条件付きで空白の数年間を埋めるフォギアとバージャックのスピンオフを考えるかな。

 

 

 

ということで

かなり妄想が爆発した続編予想になってしまいました。

ああでもない、こうでもないと妄想できるのは作品を愛するファンの特権ですよね。

とにかく、現時点では三部作続編決定のアナウンスはないので、DVDブルーレイやグッズ売り上げで続編を後押ししないといけません。続編希望の署名活動もおこなわれているので、ご協力いただける方はこちらからお願い致します。

https://www.change.org/p/robert-rodriguez-alita-battle-angel-part-2

 

 

フィレンツェに用事があったので、ついでに約5年ぶりのサッカー観戦をしてきました。

試合はセリエA、フィオレンティーナ対インテル。

フィオレンティーナはフィレンツェを本拠地としたサッカークラブ

今季、フィオレンティーナは中位に位置しているものの

ユヴェントス、インテル、ACミラン、ローマなどトップクラブに次ぐ強豪クラブという印象。

かつては中田英寿も所属していたクラブで、日本企業も任天堂やトヨタなどがスポンサー契約を結んでいたので、日本では知られたクラブかもしれません。

試合後に撮ったスタジアムなので観客が写っていません

場所はフィオレンティーナの本拠地、スタディオ・アルテミオ・フランキ。

フィレンツェS.M.N駅から1駅の場所にあります。

 

スタジアムの近くにフィオレンティーナ・ショップがあり、ここでチケットを購入します。

購入するにはパスポート(もしくはイタリアでのID)が必要です。

店内にはヴィオラ(フィオレンティーナ・サポーターの愛称)がいっぱい

また、スタジアムにはペットボトルの持ち込み禁止、ノートPC等の電子機器も禁止です。

身軽な格好で観戦しましょう。

 

スタジアムの通りには多くの屋台が並んでいました。

先にレジで会計を済ませてレシートを調理している人に渡して注文するスタイル

ここでバーガーを作っているおっさんに差別を受けました。

注文する時には何を入れるか聞かれるのです(マスタードを抜いてとかパプリカを入れてとか指示できる)

僕は「(トッピングは)全て入れて」と伝えたのに、おっさんがパンに挟んだのはミートパティのみ。

前に並んでいたイタリア人女性には丁寧にトッピングをしていたのに。

 

「パプリカも入れてよ」

 

やっとパプリカを加えてくれた。

パプリカ入りバーガー、かなり雑

多分、伊語が使えない観光客として来ていたら、こういった差別も「言葉が通じなかったんだろうな」と気付かなかったかもしれません。

意思疎通ができるようになった分、よりこういう些細な差別の形がはっきりと輪郭を帯びて見えるようになってきました。

良いことなのか悪いことなのか。。。

 

 

 

さてカルチョです。

僕の座席からの景色、結構遠いね

セリエAにおいて

ホームとアウェーでは雰囲気が全く違います。

これがインテルサポーターの応援席。

分かりますかね?ガラス張りになっている部分の内側

高い壁で仕切られていて、狭いスペースにはインテリスタがぎっしり。

両脇のスペースはわざと空席にしてあります。もし、何かが起こった時にサポーター同士の小競り合いや、喧嘩、暴動に発展する可能性があるからです。

どのスタジアムにも、試合時には外に必ず機動隊が待機しています。

 

試合開始前には、ヴィオラ達が

「Inteeeer,vaffan cuuuloooo~♪(インテル、カマ掘ってこい)」とチャント。

インテリスタ達は大ブーイング。

本当ね、大人げない。でもこれがセリエA、イタリアのカルチョです。

 

僕はインテリスタなので、インテリスタエリアの近くの席をお願いしたんですが、周りはほぼヴィオラでした。

試合が始まった!

この試合、本当に酷い立ちあがり。

開始15秒でフィオレンティーナに先制されるインテル(最初のワンプレー)

『ジョジョの奇妙な冒険』第三部より

何だよ、開始15秒って!信じられない!!

 

しかし、開始6分でヴェシーノのボレーですぐ同点に追い付きます(これもインテルのファーストシュート)

何だろう、大味な試合の予感がする。

その後、ポリターノの個人技から素晴らしいシュートで加点。前半を1-2で折り返します。

インテルの方が、サイドを広く使ってボールを回していた印象。

僕の前に座っていた学生達が隠れてガッツポーズをしていたので、インテリスタだと分かりました。

ホームでアウェーチームを応援する時は大人しくしているのが絶対です。僕もインテルのマフラーを持ってきていたけど、周囲がヴィオラばかりだったので仕舞いました。

ハーフタイム

この壁の裏がインテリスタの敷地。サポーター同士が接触しないようになっている。

ヴィオラが壁の向こうに汚いヤジを飛ばしています、日本では見られない光景

ハンダノヴィッチがハーフタイム中にキャッチの練習をしていた

後半は、VAR判定によりラッキーな形でインテルがPKを獲得、ペリシッチが決め1-3。

その後、フィオレンティーナが得点するも今度はVAR判定で得点が取り消され、会場は大ブーイング。

荒れ試合の予感がします。

数分後、ムリエルが芸術的なFKを決めて2-3と詰め寄ると、一気に流れはフィオレンティーナに。

インテルはこのまま逃げ切りたい、そんな気持ちがプレーから感じました。

インテルの選手が接触プレーで倒れこむ度に、ヤジやブーイングが飛びました。

インテルの選手が負傷してピッチ外に出るとヴィオラがヤジを飛ばしに出てきた場面

 

そして

アディショナルタイムにインテルの選手のハンドを取られ、今日3度目の!VAR判定でPK。

これを決められて、試合は3-3で終了。

何でしょうか、1試合に3回もVARをされると白けますね。

選手よりも審判が主役のような試合でした。

 

試合の詳細はこちらのハイライト動画からどうぞ。

 

試合後はピッツェリアでサルシッチャのピッツァをいただきました

映画のロケ地巡り。

今回は、僕の大好きな映画

『ビフォア・サンライズ/恋人までの距離(ディスタンス)』です。

公開されたのは1995年。続編も作られていますし、ファンも多い恋愛映画のクラシックではないでしょうか。

 

英語版予告編

解説

ジュリー・デルピー、イーサン・ホーク共演によるラブ・ロマンス。列車の中で偶然出会った一組の男女。二人は意気投合して列車を途中下車し、ウィーンの街をあてどもなく歩く。しかし楽しい時間はあっという間に過ぎ、やがてお互いの生活に帰る朝がやってくる……。allcinema ONLINEより

「恋愛映画」と書きましたが、男女の様子がリアルに描かれているだけでなく、とにかく主人公のジェシーとセリーヌが話しまくる。

「コミュニケーション」とは「話すこと」、相手を理解し自分を知るには話すことが大事だということを強烈に感じさせてくれる映画です。

また、映画のラストで二人が訪れた風景が映し出されます。

でも、そこには既に別の時間が流れている。

「時間」というものについて考えさせられる映画でもあります(「時間」がこのシリーズの裏テーマなのかな?)

 

映画の舞台はウィーン!

 

初日の天気予報は「にわか雨」だったんですけど

これ、もう完全に雪ですよね!(泣)

一面銀世界になってますけど(ホテルの窓から)

なかなかハードなロケ地巡りになりそうです。

 

 

作品内の時系列に沿って写真を貼っていきますね。

まず、ウィーン駅に降り立つ二人。

映画の劇中で使用されたのはウィーン西駅の7番線乗り場です

このエスカレーターも映画の最後でチラッと登場しましたね

 

橋の上で二人が劇団員に声をかける場面。

ウィーンに降り立った最初の印象的な場面だったのでテンション上がりました

ウィーン西駅からは随分離れた場所にありました。映画ですから当然ですね。

 

長回しが印象的なトラムの会話シーン。

トラムは乗車しなかったので外から撮りました

 

二人が立ち寄ったレコードショップ。

視聴室はありませんでした

映画のポスターと、二人が聴いたKath Bloomのレコードが飾られていました

 

墓地、少女のお墓の前で語る場面。

調べてみたところ、ウィーン郊外にあり予想以上に距離があった為、今回は断念しました。

車が必要ですね。

 

二人が乗る観覧車。

さすがに観覧車には乗りませんでした

 

手相占い師に声を掛けられるカフェテラス。

初日に撮ったので雪がまだ残っている

実はここを撮っていた時にF君とはぐれたので、写真どころではなかったのです。

海外で携帯が使えないと、友人とはぐれた時に詰んでしまいます。simカードを購入して連絡できるようにしておくか、予め迷子になった時の事を決めておくと良いですね。

シュテファン大聖堂方面まで戻ったら再会できた

 

カフェを後にした二人は教会へ。

このシーン、実際は教会の外観と内部はそれぞれ別の教会なのでした。

外観はMaria am Gestade教会(中には入れませんでした)

内部はSankt Mariahilf教会

 

路上詩人に声を掛けられる場面。

川沿いの遊歩道は本当に気持ち良いですね、犬の散歩コースにもなっていた

 

二人がビールを飲みながらピンボールゲームをするクラブ。

週末しか開いていないクラブだった為、今回は断念しました。

 

「誕生の踊り」の路上パフォーマンスを見る場面。

二人が路地で語り合う場面。

この二場面についても今回は訪れませんでした。

 

本作のハイライトの一つ、カフェでの電話ごっこの場面。

老舗のカフェ・シュペール/Cafe Sperl。1880年開業。

とても時代を感じさせる高級感ある雰囲気

ジェシーとセリーヌが会話していた席!

このボックス席広めでゆったりしてますが、二人でも座ることができますよ。

劇中でも様々な客がお喋りしていましたが、あの雰囲気そのまま

雑誌やビリヤード台も置いてありました

一人で勉強や仕事をしている人もいました。とても雰囲気の良いカフェでしたね。

高級感漂う店内でしたが、飲食の値段はとても良心的。

こんなカフェが地元にあったら、是非通いたいと思うくらい魅力的でした。

 

シンデレラのかぼちゃの例え話をする場面。

初日の写真なので雪がまだ残っています

ウィーン国立歌劇場の向かいにありました。

 

船上レストランで、今後の再会について話す場面。

冬だったのでまだシーズンに入っていませんでした

20年以上も経っているので、川岸の風景もかなり変わっていました。

 

ジェシーが赤ワインを交渉するBAR。

こちらのクラブも平日は休みだったので、店の外だけ。

 

二人が一夜を過ごす公園の芝生。

調べてみたところ、こちらは私有地で立ち入りできないようなので断念。

 

明け方、二人がハープシコードの演奏を耳にする場面。

窓枠の部分が変わっていました

 

出発の時間が来るまで二人が過ごした広場。

シンデレラの例え話をした場面と同じ広場でした

この広場は左側に大きな建築物ができていて、ちょっと景観を損ねていた印象。

 

今回のロケ地は

ウィーンの中心部にロケーションが集中していたので、余裕を持って回るなら2日あれば大丈夫ではないでしょうか(墓地除く)

市街中心部は無料Wi-fiを使用できるスポットが多く、しかも余計な登録手続きなども不要で選択すればすぐに接続できる仕様でありがたかったです。バスの車内にはUSBプラグを接続できるソケットもあり、充電も可能でした!ネット環境はイタリアに比べてかなり進んでいましたね。

 

 

おまけ。

シュテファン大聖堂の内部とカメラ目線をしてくれた馬車馬さん。

 

 

今回、ロケ地巡りをするにあたってはこちらの英語サイトの地図を参考にしました。

もし、ロケ地巡りに興味のある方はいかがでしょう。

 

※日々、映画の感想が変化していて何度か追記・加筆修正している為、非常に読みにくくなっています。

※この記事は、僕と『銃夢』についての個人的な思い出話をダラダラと書いている上に、長くて非常に面倒くさい文章になっています。

 

『アリータ:バトル・エンジェル』は

木城ゆきと原作による漫画『銃夢』を原作とするサイバーパンク・アクション映画。

圧倒的な画力と情報量による世界観と主人公が魅力

実は、僕は高校生の頃に『銃夢』を読んでドハマリしまして。

クラスメイトに漫画を貸し出して布教するくらい熱心に読んでいました。

 

そして

20歳頃に西新宿のゲームセンターで、『銃夢』のアシスタントをしていたK氏、M氏と偶然知り合う幸運に恵まれまして。

目をキラキラさせていた僕を相手にするのはさぞ面倒だったに違いないのに、本当に親切に仲良くしてくださったことは今でも忘れません。

K氏がカプコン入社で東京を離れる際には、ファミレスでゆっくりと話ができたのも嬉しかったです。

そういう意味でも、僕にとって『銃夢』は思い入れが強く特別な作品なのです。

 

そしてジェームズ・キャメロンが『銃夢』を映画化したいと公に語ったのが2003年。

(左)ジェームズ・キャメロン、(右)ロバート・ロドリゲス監督

あのキャメロンが監督するッ!?

映画雑誌でそれを知った時は半信半疑でしたが、そういえばキャメロンは強い女性が大好き。フィルモグラフィーを見れば一目瞭然(ターミネーター、エイリアン2、タイタニック)。さらに『銃夢』の影響を受けたであろうテレビシリーズ『ダークエンジェル』をプロデュースしていました。

 

キャメロンは本気だ!

僕は首を長ーくして待っていました。

 

 

まさか、あれから16年も待たされるとは。。。

その間に『アバター』撮ったり潜水艇で深海潜ったりしてました、待ちくたびれたよ、キャメロン・・・

 

 

そして、まさかキャメロンが監督しないとは。。。

『アバター』の続編より『アリータ』を監督してよ、キャメロン・・・(『コマンドー』より)

 

ロバート・ロドリゲス監督には期待と不安が半々あり。

期待する部分では、バイオレンスアクションが得意な監督ということと、過去にコミック原作の『シンシティ』を映画で成功させていること。

不安な部分は、女性の内面やドラマを描くタイプの監督ではないということ。今までの作品に登場する女性は、どちらかというと男性目線のセクシーな役ばかりだし、ラテン系の勢いある演出が持ち味の監督に、細部まで作り込まれた原作が合うだろうかという思いもありました。

 

予告編

あらすじ

数百年後の未来。サイバー・ドクターのイド(クリストフ・ヴァルツ)は、アイアン・シティのスクラップ置き場でアリータ(ローサ・サラザール)という意識不明のサイボーグを見つける。目を覚ましたアリータは、一切の記憶をなくしていた。だが、ふとしたことから並外れた戦闘能力を秘めていることを知り、なぜ自分が生み出されたのかを探ろうと決意する。やがて、世界を腐敗させている悪しき存在に気付いた彼女は、立ち向かおうとするが......。シネマトゥデイより

ということで

僕は困ったくらいの原作ファンなんですが、期待と不安が入り混じったハラハラした気持ちで観に行きました。

伊語タイトルは『ALITA:Angelo della Battaglia』

地元のシネマ・メトロポリタンにて

昼間の回だったので自分が一番乗りだった

 

もう期待以上でした!

 

まずは

ジェームズ・キャメロンとロバート・ロドリゲス監督、スタッフ・キャストの皆さんに

『アリータ』を作ってくれてありがとうございます!”と伝えたいです。

銃夢愛が溢れていました。16年待った甲斐がありました。

以下、原作ファンのバイアスがかかった感想ですがご容赦ください。

 

 

【アリータ】

本作の一番の魅力はアリータ!

これに尽きます。予告編で話題になったCGIの目、ハラハラして見ていたんですけど、というかやはり他のキャラとの場面でも一人だけCGIだから目で追ってしまうんですけど、目はすぐ気にならなくなったし魅力的な主人公になっていましたね。

アリータ役のローサ・サラザール

素顔のままでもいけそうな気がするけど(『メイズ・ランナー』2、3にも出演していました)

これが、、、こうなる。

予告編で物議をかもした目ですが気にならなかった

CGIの目は原作に対するリスペクトという記事を読んで「そんなに大きいかなぁ?」と思ったけど、漫画読み返したらやっぱり大きかったですね。

原作の雰囲気は結構掴んでると思う

アリータの顔をCGIで作る苦労は計り知れなかったと思います。凄いのは、顔はアリータだけどちゃんとローサにも見える点。パフォーマンスキャプチャーしているから当然といえば当然なんですが、ローサの表情がちゃんと伝わる絶妙のさじ加減だと思いました。

CGIのアリータに感情移入ができれば、彼女と共に笑い泣く2時間になるでしょう。

 

また、原作にはない日常生活のシーンがとても良かったです。

普通、原作にないシーンを追加すると、原作ファンは「余計なシーンを入れるな」という心境になると思うんですが、本作に限っては全然思いませんでした。

アリータがそこに存在しているんだと感じられたんですよね、もっと入れても良かったくらい。

だから、色んな表情や動きや仕草がたくさん見られた前半の方が多幸感があったなぁ。

 

 

【格闘アクション】

バイオレンスアクションが得意なロバート・ロドリゲス監督だけに、画的な真新しさはないものの要所を抑えた匠のアクション演出だったと思います。

まず、夜の路地裏でのアクション。

原作では2対1だったところを2対3にして、より絶体絶命の状況に陥ってからの、大逆転!

古くは座頭市、最近ではイコライザーのような

ナメてた相手が実は殺人マシンでした」映画の醍醐味を存分に味わえます。

CGだけど重量感がある現実味が感じられるアクションでした。


ナメてたサイボーグ少女が実は最強の女戦士でした!

静と動の切り替えも上手く、酒場のシークエンスはたっぷりと緊張感を溜めてからのアクションが効いていました。

原作にはない決めゼリフも多く、往年の時代劇のような様式美を感じました。

個人的に、カルト映画になる作品には「汎用性の高い名セリフが多い」のが条件の一つだと思っているのですが(漫画だとJOJOがまさにそれ)本作もカルト映画になる条件が揃っていると思います。

 

また、ただバトルを入れるだけではなく

失くした過去の自分と向き合う為に、鏡の前での演武を挟むところが素晴らしい。

演武の美しさとともに、何故彼女が戦いの中に身を置くのかが言葉で説明しなくても伝わってくる本作屈指の名場面だと思います。

このエモーショナルな場面だけでも観る価値あり

 

 

【配役】

脇を固めるキャラもかなり原作に寄せた配役で、原作リスペクトを感じます。

さらに、3人もアカデミー賞俳優という豪華さ。

クリストフ・ヴァルツ(イド)アカデミー賞俳優!

マハーシャラ・アリ(ヴェクター)もアカデミー賞俳優!

ジェニファー・コネリー(チレン)アカデミー賞女優!

キーアン・ジョンソン(ヒューゴ)本作で映画デビューらしい

エド・スクライン(ザパン)想像以上にキャラが立っていて驚いた

 

大まかなストーリーは

原作の1,2,3巻とアニメ版を軸にした内容なので、原作ファンが驚くような展開は少なかったのですが、製作スタッフの思いと撮りたい画が溢れた作品になっていました。かつてここまで日本の漫画を忠実に再現してくれたハリウッド映画があっただろうか。いや、ない!

オープニングのカットがとにかく決まってて痺れたなぁ

個人的な意見ですが

原作『銃夢』は緻密な世界観や、人間存在の証明や業の克服といった哲学的な要素が多い作品ですが

個人的には、肉体も過去の記憶も持たない主人公が「意志の力」で自分の命の意味を見出し、人生を切り拓く姿を描いていると思うんです(原作のクライマックスでは、どんな必殺技も繰り出さず精神力で勝つのが象徴的)

キャメロンは原作のテーマを理解した上で、映画ではアリータをより能動的に描き、テーマを分かりやすく主人公に反映させました。また「意志の力」を生かす点でもCGIの目は必然だったと思うし、人間とサイボーグ(生身の人間とは明らかに違う容姿)の愛情というテーマもよりリアルに感じられました。

キャメロンが最も得意とする「愛する人を得て強くなる女性」というテーマも健在でした。

 

 

※ここから本格的にネタバレします(以下、役名は映画版で統一)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【父と娘】

映画版で大幅に改変した部分は、アリータとイドの関係です。

漫画版で、イドは自身の快楽の為に犯罪者を狩っていました。また、アリータを着せ替え人形のように可愛がっていました。

ピグマリオンコンプレックスでは感情移入しにくい

映画版では、娘を失った過去を持つ父親に変更、これが本当に素晴らしかったです!

復讐の為に犯罪者を狩るという動機ができただけでなく、アリータとの疑似親子関係ができたことで、共感しやすいキャラになり二人の関係に深みが増しました。

イド役に若くはないクリストフ・ヴァルツが起用された理由が良く分かった

「娘をモーターボール崩れの犯罪者に殺されたのに、アリータをモーターボールに送り出すのは不自然」という指摘もありますが、アリータにバーサーカー体を与えた時点で、イドはアリータの意思を尊重するようになったと僕は捉えたので、不自然とは思いませんでした(それに、人を殺すハンターウォリアーよりスポーツのモーターボールを選ぶ方が納得するでしょう)

父の助けで幼い少女は大人の女性になり、娘のキスで父が目覚める。疑似親子の関係から、本当の意味で親子になった象徴的な場面だと思います。

パワーアップした描写を、力強さではなく体操選手のようなしなやかさと柔軟さで表現したのも素晴らしい。

終盤で、アリータがイドに向かってふいに「父さん」と呼ぶシーンは、全く予想してなかったのでグッときてしまいました。

 

また些細な点ですが、映画版ではイドの助手がサイボーグ義手の黒人女性に変更されています。

原作ではおじさんだったが、ガーハードという女性に変更

映画では台詞もほとんどなくモブキャラに近い扱いですが、何故性別も人種も変更したのだろうか?

これは完全に僕の妄想ですが、原作ではアリータが恋に悩む場面があるんですけど、それなら同じ女性でサイボーグの彼女が一番アリータの気持ちに寄り添える。もしかして、そんな場面も想定してキャラ変更したんじゃないかと。そんなシーンがあったら見たかった。妄想ですが!

 

 

【アリータとヒューゴの恋】

原作を踏襲してヒューゴとの結末が決まっているせいか

二人が共に行動するシーンが多く描かれていたのは好印象でした。

バイクでタンデムしたり、モーターボールで遊んだり試合観戦したり、キスするまでに5回も会っている

漫画版ではアリータのやや一方通行な恋心でしたが、映画版では二人の恋愛はより自然に、さらに観客が共感できるようにとても丁寧に再構築されていました。

 

出会いの場面から素晴らしいんです!

お互いが興味を持つきっかけがとても自然なんです。

ヒューゴ→アリータ

・アリータの華麗な身のこなし

・サイボーグ体が芸術品だったこと(パーツ売買をしているので価値が分かる)

・アリータがザレムから来たかもしれないこと(ザレムのことを知りたい)

アリータ→ヒューゴ

・センチュリオンから助けてくれたこと

・自分のサイボーグ体にポジティブな反応を示してくれたこと

・唯一の知り合いであるイドのことを知っていた

そして映画では、アリータは目覚めてすぐにヒューゴと出会います。

ヒューゴの親切な行動の数々は「アリータが記憶を取り戻したら、憧れのザレムのことが何か分かるかもしれない」という気持ちからくるものだったかもしれませんが、その優しさは目覚めたばかりで空っぽのアリータにとっては大きな意味を持つものでした。

アリータがヒューゴに惹かれるのも納得です。

漫画版のヒューゴは、犯罪行為を反省する様子は全く描かれずパーツ強盗も楽しんでいた節がありましたが、映画版ではより共感しやすいキャラになっていました。

予告ではクサいと思ったけど、自分を変えてくれる存在だから言える台詞、説得力があった

ちなみにこの台詞、当然原作にはないんですけど

CGIキャラのアリータを誰よりも人間らしく描く為に多くの制作スタッフの努力があったと思うと、二重の意味で感動的な場面です。

 

【業の克服】

原作では「業(カルマ)の克服」というテーマがありました。

「業」とは、身体・言語・心の三つの行為のことで、その行為が未来の苦楽の結果を導くということらしいです。

映画では、ヒューゴの業に焦点を当てて丁寧に描いていました。

 

映画におけるヒューゴが行った業(悪行)とはパーツ強盗であり

強奪したグラインドカッターがグリュシカに渡り、アリータを傷つけるという結果を招きます。

そして、自分の行為の結果をヒューゴ自身が目にするわけです。

グリュシカとの死闘後、BARカンザスから出てくるヒューゴの表情が険しいのは、自分の行いが巡り巡ってアリータを傷つけたことへの怒りでしょう。

ヒューゴのもう一つの業(善行)は、アリータへの無償の優しさであり

それがあったからこそ、アリータはヒューゴに恋をします。

そして、「人から奪う」行為とは真逆の「心臓を差し出す」アリータの自己犠牲愛によって、ヒューゴが犯罪から足を洗う決断をする展開も秀逸です。全ては、アリータと出会ったことで自分の行いと向き合い、変わっていくのです。

 

「業」を西洋的に「罪と赦し」に置き換えてみると

アリータはヒューゴの罪(パーツ強盗)をその身に背負ったと見ることもできます。

考えてみると

・ヒューゴが初めてアリータを連れていった場所は廃教会の屋上

・アリータがグリュシカと対峙した時はっきり「悪」と口にしている

・ヒューゴは廃教会で罪を告白し悔い改める

・ヒューゴの最期の台詞「救ってくれてありがとう」

タイトルに「バトル・エンジェル」とあるように、宗教的な意味で「天使の愛による救済」を描いているのかもしれません。

 

原作のストーリーラインはそのままに、主人公の成長と恋愛を描きながら原作のテーマや宗教的要素を加味した脚本、これはちょっと神懸かっていますよ!

 

 

原作未読の観客には「最後、パイプを登らずに飛行機でザレムにいけばいいのに」という意見もあったので、この世界では飛行機等は全て違法で存在しないという補足も必要だったかもしれないですね。基本的に本作は、世界観の説明はなるべく省いて回想シーンはアリータの過去だけにしていました。

ヒューゴの過去が描かれなかった件ですが
勝手な推測ですが、仮に描くと話が重くなってしまうこと(漫画版マカクも同様)に加えて、ヒューゴは身内を殺したハンターウォリアーを憎むはずで、そうなるとウォリアー登録をしてバーに向かうアリータに同行するのは不自然になるのではないかと。だから、過去の話はアリータの過去の記憶だけに絞ったのではないでしょうか。

 

【世界観の変更】

世界観も微妙に変えています。

原作では、ジャンキーや犯罪者が闊歩する陰惨なスラム街のような世界ですが、映画では幾分か住みやすそうな街になっていました(監督の影響か中南米っぽい街の雰囲気だった)。映画で街中にサイバネキャラがほとんどいないのは、アリータを際立たせる為かもしれません。

原作は混沌として猥雑で危険な街の雰囲気があった

原作の世界観をそのまま映画にするとレイティングも確実にR15+以上が必要になり、一般向けの公開の為に試行錯誤したとプロデューサーのジョン・ランドーがインタビューで語っていました。住みやすそうな街になった分、どうしてもザレムに行きたい動機の部分が弱まってしまったのは残念ですが、PG-13で描けるギリギリのラインを攻めていたとも思います。

サイボーグの血の色を青にした点も、明らかに過激な描写を抑える為でしょう。

 

ジェームズ・キャメロンは当初から「モーターボールのシーンを撮りたい」とずっと公言していて、もちろん映画内に出てくるんですけど、やはりというか欲張り過ぎた感が否めません。どうせなら、もっとしっかりと掘り下げた形で観たかったです。どうしても入れなきゃいけなかったのだろうか(デッキマン部隊との戦闘も同様)

【追記】

ここ考え直しました。

漫画の内容だと、ヒューゴの為に嬉々として犯罪者の首をはねるアリータが描かれることになり、これを実写化するとグロ度も大幅に増してPG-13では無理な上に、アリータに対して明らかに拒否反応を示す人が出るはずです。よりアリータに感情移入してもらう為にもモーターボールに変更したのでしょう。

 

脇役の出番が少なく存在感が薄かった点は気になりました。

特に、ジェニファー・コネリー演じるチレンはアニメ版のキャラだけに、申し訳程度の出番になってしまった。神出鬼没だし。終盤でのアリータとのやりとりで、彼女の母親(アリータの泣き顔に過去の娘の姿を重ねて見たとか)の心情の変化をじっくりと描いていたらもっと感動的な場面になっただろうし、その後の悲劇がより際立ったのになと思います。

多分、そういう演出はロドリゲス監督よりもキャメロンの方が得意だと思うので、キャメロンがプロデュースに回ったのはつくづく残念です。

ちなみに、チレンがアリータの涙を拭うシーンは彼女が母親に戻った証拠という指摘をいただきました。イドがアリータの涙を拭うシーンもあり、親と子を示すモチーフとして描いたのかもしれません。

 

モーターボール以外にも、2,3巻には登場しない場面(街の外にあるハイドロ・ウォールやファクトリーの部隊)出てきて、制作スタッフがやりたかったことをこれでもかと詰め込んだ印象を受けました。

予告でも流れていたシーン、もっとアップで観たかったけど

実写で見れた嬉しさもあるし、もし続編が作られなかったら描けないんだから描いてしまおう、という気持ちも理解できるんですけど、勿体ないとも思います。ノヴァ教授の登場(エドワード・ノートン!)も、原作未読の観客にとってはザレムの正体も含めて中途半端に映ったかもしれません。それに、予告編で流れてた映像がラストって。。。もっと本作だけで完結できる内容にした方が良かったですね。

 

【追記】

少年ジャンプのような「彼女の戦いはこれからだ」的なラストを批判する人も多いと思います。

僕も最初はそう思いました。

でも、今はこのラストを全肯定します

そもそも、ザレムというゴールが目の前に設定されている物語を一本の映画として終わらせるのは、非常に困難。

誰もが「ザレムに行って映画は終わる」と思うでしょうが、原作ではモーターボール編・ザパン編・TUNED編・バージャック編を経て最終盤でザレムに辿りつきます。

原作ファンとして断言しますが、2時間では映画として終わらせようがないのです。

本作の映画化にあたって最も苦労したのは、結末だろうと思われます。

原作未読者に、続編ありきのエンディングだと思われるのは心苦しいところですが

個人的には「過去の記憶を探る過程で恋を知り、本当の自分を見出す物語」として上手にまとめたと思います。

 

また、アリータの手を引いてモーターボールの遊びを教え「君はモーターボールのスターになれる」と言ってくれたのは誰だったかと考えると、あの場所に立つアリータが一途で健気に見えて泣けてきます。 

記憶を失ったアリータに新しい世界を見せてくれたのは常にヒューゴでした。初めて食べたチョコレートや二人で眺めたザレムの景色、モーターボール観戦、過去の自分の手掛かりとなる宇宙船へ導いたのもヒューゴ。

そして彼を失ってなお、あの場所に立ち前を向くアリータの姿に、観衆は喝采を送るのです(声援を送る僕達観客の姿と重なる)

悲しみでも絶望でもなく、決意の強さを感じさせる表情で終わるからこそ素晴らしい。

 

 

ということで

ダラダラと面倒くさいことを書いてしまいましたが、16年間観たかった映像をついに観ることができて、とても満足です。

ロバート・ロドリゲス監督にとっても、多分今までで一番の作品になったんじゃないでしょうか。

女性主人公の格闘アクション映画はなかなか一般層には受けない題材なので(『ワンダーウーマン』はDCUなので例外)ヒットするかはとても心配ですが、何とかヒットして欲しいです。

そして、ヒットすれば続編の話もあるようなので、是非続編ができるように祈っています。

【追記】

全世界興行収入は4億ドル越え!

海外では熱狂的なファンが多く「劇場鑑賞111回した」「スクリーンを貸し切って同僚100人以上を無料招待した」というファン情報も。

熱狂的なファンダムはAlitaArmyと名付けられ、映画公式アカウントも認知しています。

残念ながら今のところ続編発表はありません。続編は円盤やグッズの売れ行き次第だと思われるので、是非円盤購入して応援していきたいところです。

 

 

※米の映画批評サイト、ロッテン・トマトでは現在のところ

批評家60%、オーディエンス94%の評価でした。

批評を読んでみると、どちらの気持ちも良く分かるなぁと。

ただ、批評家の意見で目にする「既視感のある設定やアクション」という点については、原作が90~95年の作品であり、サイバーパンクも女性がレザースーツで格闘アクションするのも珍しかったわけです。『銃夢』の影響で、今ではマトリックスを始めとした多くのフォロワー作品が溢れているのであって、こちらがオリジナルということは言っておきたいです。

 

 

トム・ホーケンボーグ(『マッド・マックス怒りのデス・ロード』等の曲も手掛ける)の音楽も臨場感があり、映画の質を高めていた印象。個人的には、ここ最近の映画サントラの中でも一番エモーショナルで耳に残るサウンドでしたよ。

 

 

主題歌Swan Songを歌ったデュア・リパ。

今イギリスで大ブレイク中の歌手だそうです

 

カルト的な人気を持つ原作。

 

映画の元になったアニメ版。

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3,600円
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追記

二度目の鑑賞でフィレンツェの映画館UCIへ。

日本のシネコンみたい

座席がすごい!全席ソファで足が伸ばせる上に・・・

ボタンがあって自由にリクライニングできる!

イタリアではIMAX3Dの鑑賞でも13€(約1500円)なんですよ!

素晴らしい映画体験でした。