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幸福の才能

自分自身に見切りを付けてしまうのは利口とは言えない







大人になるにつれ、直接的な言葉、間接的な言葉








形はそれぞれだが、『身の程を知れ』とよく言われる








今の身の程に満足ができているなら、とっくにサラリーマンかなにかになっているでしょう







別にサラリーマンを悪いと言っているのではない







僕には耐えられないだけ








ただそれだけの事です








未成年の中で戸川ヒロトは言う






『何も偉くなんかないんだ。そいつはただそうなりたかっただけで、別に何も偉くなんかない。ただ、人と比べるのはやめてほしい』






ドラマ『未成年』をいいドラマだと位置付ける人は多い 








僕もその一人だ








何も持たない僕が言うから人は『理想論』だと笑うのだろう







結果を出せば何か変わるのか?








きっと『あいつは違う』『あいつは変わった』



挙げ句の果てには『あいつは特別だ』






と言うのかもしれない









僕がもし何者かになれたとしても偉くなんかない。そうなりたかっただけなのだから。







もし、そうなれた時に僕が傲慢になっていたら突き落としてほしいと思う








それが友情であり愛情でもある






けれどその反面、僕の意見を『理想論』だと笑う奴に知らしめてやりたいとも思っている








諦めてさめた顔をして生きてきた時間がどれほどもったいないかって言う事をね







僕もそう子供でもない







夢が叶うとは言わない







ただ、何度も言っているように、『第一希望は譲れない』ただそれだけの事です







過去を悔いながら生きるのは惰性的で、余りに愚かな事なのだと思う







悔いる先にある何かが待っているのなら意味はある








けれどほとんどの場合、一度投げてしまったら二度とは戻れない








最後に映画『アイデン&ティティー』のコピーでもある、ボブ・ディランの言葉








『やりたい事をやるだけさ。だからうまくいくんだよ』








僕は身の程を知った大人の意見より、ボブ・ディランを信じたいと思う

しがみついてでも

亀田興毅は世界チャンピオンになった試合の時に相手の足元にしがみついた







これまでの度々のビックマウスのせいもあり、少しでも弱みを見せればバッシングを受けるのは明らか







それでも、どうしても勝ちたかったのでしょう







おぼつかなくなる足元では支えられない体を相手にしがみついて支えました







相手は自分を倒すため、殴るためだけに練習をしてきている







倒れてしまえば楽なのです。まだ若いし、いくらでもチャンスはある。







同じ年代の人間に比べれば、名声も知名度も金も







何もかも持っている







それでも亀田興毅は数百万人に見られているであろう舞台で相手の足元にしがみついた







死んででも負けたくなかったのだと思う







『ここで負けたら』




なんども頭をよぎったのだと思う








その行為を蚊帳の外からバカにする人間は多数居たわけで







けれど、その中の誰一人として、命よりも信念を優先できる人は居ないでしょう







第一希望はゆずれない







しがみついてでも欲しいものがある人を僕はかっこいいと思います







余裕綽々にさめた顔をしていられるのは、本気ではないからでしょう








そんな時間は生きているとは言えない








人の目を気にしている余裕がある内は、まだそれ程の危機では無いのでしょう








どうしても欲しい物はしがみついてでも獲りましょう







第一希望は譲らない







それがプライドだと僕は思う

コンフォード

『諦める事』=『謙虚な気持ち』



それは間違っている









身の程を知る事が大人になる事だと言う人がいるね







映画『エリザベスタウン』の中で繰り返される言葉








『大成功を望まない者に大失敗は無い』






身の程を知るのは今現在の自分ではなく、未来の延び白を視野に入れての答えで良いと思う








それに答えを出すなら、全部済んでからで良い







そうじゃなきゃなりたい自分になる為に、足枷になるからね







諦めるための言葉なら、他の言葉をあてがってほしいと思う








だって憧れる人はみんな何かを諦める事で何かを獲てきた人間ではないからね







なりたくない人間の常識になど縛られる必要はない








彼らはゴールを見つけたふりをして、立ち止まっただけ







行きたい場所はそこじゃないなら、そいつらの道しるべになど何一つ意味なんかない








失敗の一例として知っておく位でいいだろう








だから、そいつらにけなされる人間になろう








そうすれば、少しは成功に近付けると思う