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自分世界探検家のブログ

人はみんな自分の信じていることに基いて、全てを解釈しています。
だから、全ての人がそれぞれ自分の世界に住んでいるとも言えるでしょう。

ぼくはぼくの世界を探検しながら、気付いたことや発見したこと、気になったことなどをここに記録しています。

先月手術を受けた。

 

その後かなり元気になって気力も充実しているのに、しばらくこのブログを書かなかった。

 

手術前はほとんど毎日更新していたし、手術後もしばらくは数日毎に更新していたのに。

数えてみたら、最期の更新から2週間経っている。

このブログを始めてからこんなに長い間更新が途絶えたのは初めてだった。

 

何でだろう?と思っていた。

 

ブログを書かなった明確な理由は思い付かない。

ただ、書く気にならなかった。

 

たぶん、健康では無かったことが原因なのかも知れない。

正常な身体ではないと思えるような症状が出ている状態だと、

今日はどんな状態だろう?と自分の身体の感覚に意識を向けることが多くなる。

するといろいろな身体の変化に気付くようになる。

 

以前でてていた症状が軽くなった、酷くなったと一喜一憂していた。

そして何が良かった?悪かった?と考えたり、情報を集めたりする。

そういったことの原動力は安心したいという思いだろう。

 

手術以外で脳腫瘍が治るんだった何でもしようと思っていた。

不安からいろいろな行動をしていたのだと思う。

 

つまり不安だったのだ。


結局、手術をして腫瘍が無くなったと思ったら、気が抜けたようになった。

いつも心の大半を占めていた腫瘍にまつわる恐怖が無くなって、心にぽっかり空白が空いたような感じ。

 

それでブログも書かなくなった。

 

その状態でしばらく停滞していたけど、ちょっと前に気付いた。

最近のぼくは、腫瘍にまつわる恐怖から活力を得ていたんんだなと。

 

そう気付いて思い出した。

手術が終わったときホッとしたが、あまり安心しなかったのだ。

手術後、脳が身体の調整を全力で行っているからということは有りそうだった。

しかし、それ以上に一生懸命、問題や上手く行っていないことを探していた。

 

あれって不安になろうとしていたのだ。

 

でも何で不安になろうとしていたのかは分からなかった。

 

その謎が解けた気がする。

 

言動のエネルギー源を求めていたのだろう。

 

つまり、恐怖から活力を得ようとしていたのだ。

 

手術で腫瘍は取れても、恐怖を必要とする在り方までは直らないのだ。

 

 

これに気付いて思ったのは、腫瘍が自然治癒しなかったのは当たり前だということ。

腫瘍が治ってしまったら、腫瘍にまつわる不安が無くなってしまう。

すると言動のエネルギー源を失ってしまうので、何も出来なくなってしまうからだ。

 

つまり、

腫瘍が無くなることのメリット=病状が無くなることと、

腫瘍が有ることのメリット=言動のエネルギー源に出来ることとを比較して、

腫瘍が有ることを選んでいたのだろう。

 

もちろん無意識でやっていたんじゃないか?という推測だ。

そんなこと顕在意識では考えないからね。

 

 

そう考えたらブログに書きたくなった。