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自分世界探検家のブログ

人はみんな自分の信じていることに基いて、全てを解釈しています。
だから、全ての人がそれぞれ自分の世界に住んでいるとも言えるでしょう。

ぼくはぼくの世界を探検しながら、気付いたことや発見したこと、気になったことなどをここに記録しています。

最近は日本に来た外国人の感想の動画を観ている。

大体が日本食や日本のインフラ、アニメなどの文化を誉めそやす内容。

 

最初は確かに日本関連のことを外国人に褒められるのが何となく嬉しかった。

でも、どの人も大体似たようなことを言う。パターンが決まっているのだ。

 

だからけっこう飽きて来たけど、それでも観続けている。

しばらくは自分でもその理由が分からなかった。

 

ただ、そういう動画を観ながらいつもちょっとだけ違和感を感じていた。

 

いくつか挙げるとこんな感じ。

 

交通機関が時刻表通り。

→でも電車は人身事故が多い気がする。最近は一時期より減ったかも知れない。

何処もトイレが綺麗で高機能。

→汚いトイレもある。

道に迷っていたら、目的地まで連れて行ってくれた。

→外国人が道に迷ってても、英語がしゃべれないから無視する日本人は多いんじゃないか?

接客業の接客が親切で丁寧。

→マニュアル通りの接客しかしない人も多い。イレギュラーなことを頼んだら対応されない。

日本ではどこで何を食べても美味い。

→不味い店もある。

綺麗。どこにもゴミが落ちていない。

→ゴミはけっこう散見される。不法投棄も有る。

落とした財布がそのまま返って来た。

→運が良かっただけでじゃないか?

 

動画を観れば観るほどこの違和感が大きくなって行った。

今はこの違和感の正体が知りたくて動画を観ている気がする。

 

最初は、日本に対して良い事を言っている人だけ選んで動画に出て来ていると思った。

でもそれにしても多い。

 

しばらくは悶々としていたけど、ある時閃いた。

 

ぼくの意見も外国人の意見も間違ってはいないとしたら、

見ている日本が違うのかも知れない。

 

自分で考えたけど、この発想にちょっと驚いた。

 

<仮説1>

人は自分の内面を世界に反映して観ている。

 

内面が綺麗な人は、世界が綺麗に見える。

内面が綺麗ではない人は、世界もそれなりに見える。

 

<仮説2>

内面の綺麗さには個人差があるだろう。

最近その個人差が大きくなって来ている。

 

以前はみんな内面があまり綺麗ではなかった。

だからみんな同じような世界を見ていた。

それが最近だんだん内面が綺麗な人たちが増え始めて、

内面の綺麗さのばらつきが大きくなって来た。

それで、世界に対する印象の差異が大きくなって来ている。

 

 

そう言えば最近嫌な人を見かけなくなったような気がする。