ある動画の中でこんなことが語られていた。
「人が何かに挑戦しようとすると、追い風も吹くけど向かい風も吹く。この両方があるから上がる。」
何気なく聞いていて、違和感を感じた。
この動画主は人を飛行機に例えて話をしている。
飛行機だったらこの話は成り立つかも知れない。
でも、帆船だったらどうだろう?
向かい風が吹いたらその方向には進めない。
テーマが成り立たないことになってしまう。
そもそも何で人を乗り物に例える必要があるのだろう?
人には翼も無いし、帆も張っていないのに。
テーマを分かり易くするためとも言えるけど、
意地悪い言い方をすれば、分かった気にさせるためとも言えるんじゃないだろうか。
この動画主が悪意からこの例え話をしたとは思わない。
例え話でテーマを分かり易くつたえようとしているだけだろう。
例え話は平易な表現で、イメージし易いとテーマが分かり易いように感じる。
しかし、ここに言葉のトリックが入り込んでいると思った。
と言うか、聞き手の錯覚かな。
例え話の辻褄が合っていると、テーマも正しいと思い込み易い。
そもそも例え話とテーマは別なのだから、
例え話が正しくてもテーマが正しい事にはならない。
例え話が理解出来たからといって、テーマを理解出来た事にはならない。
それを一緒くたにするのは聞き手の錯覚なのだ。
詐欺などの悪意のある情報伝達はもちろん、こういうことは日常的に起こっているように思う。
重要なのは、他人が伝えて来る情報は、その人の考えに過ぎないということを知ることだと思う。
ここで言う知るというのは、いつも念頭に置くとか前提とするというような意味だ。
そして、その話を聞いて自分がどう感じるか?ということを大事にすること。
言い換えると、自分の感覚に素直になると言うか。
思考に頼り過ぎるから勘違いし易いのだと思うのだ。
偉い人や頭の良い人が言っていることでも、自分が違うと思ったら疑ったり却下して良いのだ。
どう判断するかは自分の自由なのだ。