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自分世界探検家のブログ

人はみんな自分の信じていることに基いて、全てを解釈しています。
だから、全ての人がそれぞれ自分の世界に住んでいるとも言えるでしょう。

ぼくはぼくの世界を探検しながら、気付いたことや発見したこと、気になったことなどをここに記録しています。

笑いは緊張と緩和だという考えを知ったのはかなり前だったと思う。

 

緊張するのは安全を脅かされたと感じたり、そういった記憶が呼び起こされたり、

何となく自分の置かれた状況のバランスが取れていないと感じたときじゃないかと思う。

自分が知っているいつもの状態、自然な状態、勝手知ったる状態ではなくなったと感じると緊張する気がする。

 

バランスの崩れ方には大きいものも小さいものもあって、その程度によって感じる緊張感の強弱も違うと思う。

しかし、弱い緊張感であっても、その根底には不安や恐怖が有るように感じる。

 

そして、状況が変化してバランスが取り戻されたと感じたときに緩和を感じるのかなと。

 

緊張が緩和に変わるのは、不安や恐怖がなりを潜めて安心するということかなと思う。

 

だから、その瞬間に笑うというのは分かる気がする。

しかし、人が笑うのは全てこのパターンだと言うのは違う気がする。

 

例えば赤ちゃんが笑うときとか、それを見ている大人も自然と笑顔になるとか、他人が笑っているのにつられて笑うとか、思春期の女の子が箸が転んでも笑うというような状態は緊張してない気がする。

 

緊張どころか、気楽さというか何も考えていないような気さえする。

 

「自分が知っているいつもの状態、自然な状態、勝手知ったる状態ではなくなったと感じると緊張する気がする」と書いた。

これは自分がある判断を下した結果として緊張するということだ。

つまり思考しているということだ。

緊張は思考が生み出しているのだろう。

 

もしかしたら、思考するということ自体が緊張を生むのかも知れない。

もちろんごく弱い緊張だろうけど、それでも思考していると弱い緊張状態が続くことになるだろう。

思考する状態の根底には不安や恐怖があるからだろう。

 

問題を解決したり、状況を把握しようとするときに思考するなら、その原動力は不安や恐怖から逃れたいということじゃないだろうか?

 

だから状況が変化してバランスが取り戻されたと感じたら緩和を感じて笑う以外に、

思考が停止した時も緊張が途切れて笑うのかなと思った。