最近、算数の動画ばかり観ている。
小学生レベルの図形の問題だ。
図中に示された線の長さや角度や面積などを算出するというもの。
小学生レベルなので平方根や三角関数は使えない。
ただし、例外もある。
30度60度90度の斜辺と短い辺の比率が2:1は使える。
但し残りの辺の比率はルート3なので使えない。
頂角30度の二等辺三角形の面積は、A×A/4
(A:底辺以外の辺の長さ)
などなど。
そういうお約束は覚えたけど、ちょっと難しい問題は解けない。
解けないと悔しくて次の問題に手を付ける。
解けると嬉しくて次の問題に手を付ける。
結局止められない。
全く意味は無いけど止められない。
梱包材のプチプチを1つずつ潰すのに似てる気がする。
違うのはプチプチは全部潰したら終わりだけど、算数の問題は際限が無ことかな。
何度同じ問題を解いてもいい訳だし。
最初は軽い気持ちで解き始めた気がする。
そしておそらく解けなかった。
小学生の頃の方が解けた気がしたので、それを確かめたかったのかも知れない。
小学生の頃に比べて今の方が思考力が劣ると思うのは嫌だ。
体力的に衰えて来ていることは嫌でも分かるけど、思考力の衰えは実感し難いだろう。
算数の問題を解くことでそれを否定したいという気持ちはあるような気がする。
老化を実感したくないということだろう。
老化で思考力が鈍り算数の問題が解けないことを認めたくないから問題を解き続けているとしたら、ぼくが算数の問題を解くのにはまっている原動力は老化の恐怖ということになりそうだ。
何かに熱中しているときの原動力は、それが好きという感情だと思い込んでいた。
表面的にはそう言えるけど、その好きという感じの奥には、実は何かに対する恐怖が在るということは案外多いような気がする。