掃除が嫌いだった。
掃除するくらいならほこりっぽいのを我慢する方がましとさえ思っていた。
まず掃除の作業が面倒くさい。つまらない。
そして掃除は1度やったらおしまいということはない。
放って置けばまたいつかほこりが溜まったり、汚したりする。
綺麗な状態を保とうとすると永遠に掃除し続けなければいけない。
そう思うと気が遠くなる。
自分は掃除が出来ない人なのだと半ば諦めていた。
しかし、ある日転機が訪れた。
掃除は好きと言う人はよくいるけど、ぼくとは人種が違うと思っていた。
しかし、好きじゃないけど掃除をするのが苦じゃないという人に逢って興味をそそられた。
理由を訊くと、
「掃除と思っていないから」
と返って来た。
「その場所を清めるお祓い、神事だと思ってやっています。」
不思議なことに、ぼくもその話を聞いてから掃除が嫌ではなくなった。
とは言え毎日欠かさず掃除する訳では無く、汚くなったなと感じたら掃除するようになった。
自分のために綺麗な状態を保たなければいけないと考えるとどうでも良いとなるようだ。
それだったら、面倒臭い掃除をするより汚い方を選ぶ、と。
しかし、神様に綺麗な状態を提供すると考えると、掃除に対する抵抗をあまり感じない。
これは、根底に日本人特有の自然観が有る気がする。
そこら中に神様が居るという考え方だ。八百万の神様というヤツ。
だから床なり階段なりトイレなり、掃除してあげるとその場所に居る神様が喜ぶと考えると掃除が出来るのではないか?と思う。
実際にそんなことを考えている訳では無いけど、心の奥の方でそう考えているのも知れないと思う。