「食の好み」って単なる思い込みじゃないか?と思った。
「人には食の好みが有る」という概念の根底には、栄養素という概念が有るような気がする。
人は食事からしか摂れない必須栄養素が有る、みたいな考え。
でも、サモアの人々はほとんどタロイモしか食べていないのに、健康に暮らしているという。
それは、タロイモから人体に必要な成分を創り出す腸内細菌が居るからだという説明を聞いたことがある。
それだったら、別の国の人でも同じように食べ物はタロイモだけでも健康が維持出来るんじゃないか?と思う。
だとしたら。
人はタロイモさえ食べていれば健康を維持出来るとしたら、
タロイモ以外の何かでもそれは可能なんじゃないだろうか?
とすると、何かしら食べていれば、人は健康を維持して生きて行けるようになっているんじゃないか?と思った。
いや、それどころか何も食べなくても、腸内細菌の働きか何かで人は生きていけるかも知れない。
例えば自分の身体から出る老廃物を分解するとかして。
何か腸内細菌はいろんな種類があるので、どこかにそんな奴が居そうな気がする。
そう言えば、世界には食べない人が居るらしい。
食べないけど生き続けている人たちが居るらしいのだ。
仙人は霞(かすみ)を食べて生きているという話もある。
あれは、何も食べなくても生きていけるようになるということを暗示しているのかも知れない。
考えてみれば、糖質は絶対に必要な栄養素で、摂取栄養素の6割くらい摂るのが理想とどこかで読んだ。
でも、ここ2ヶ月くらい、ぼくは糖質は1割以下だと思う。
この経験から、専門家の説を妄信しなくなった。
そうしたら発想が自由になった気がする。
ぼくは誰かの説を盲目的に信じるのを止めてみて、
世界が今までよりも少し新鮮な目で見られるようになった。