何かを成すとか、成さないとか。
これは事柄重視の在り方だと思う。
ぼくは、何かを成したいのだろうか?
みんな果たして何かを成したいと思って生きているものなのだろうか?
何かを成すと、有名になるとか、褒められるとか、優しくしてもらえるとか、そっちが欲しいんじゃないか?と思う。
それは、結局良い気分に成れるということじゃないだろうか?
ぼくも、良い気分に成りたいとは思う。
でも、そのために頑張って何かを成し遂げようとすることは止めた。
と言うか、出来なかった。
ぼくはその昔、仕事で一旗揚げようと頑張っていた過去が有る。
でも、辛過ぎて諦めたのだ。
頑張れなくなって初めて、それまでのぼくの在り方は事柄重視の在り方だと気付けた。
それに夢中になっている時は、気付かなかった。
自分の状況を観察する余裕も無かったからだ。
そうやって、未来のいつかの時点での成功を目指す生き方は止めることにしたのだ。
しかし、それは顕在意識での考えに過ぎなかった。
無意識に相変わらず、何かを成すことを目指して生きている事に最近気付いた。
無意識に何かを成すことを目指している在り方は辛かった。
目指していながら、その目指していることのための努力はしないのだから、そちらに進む訳も無い。そして、無意識に自分を責めているようだった。
何より、自分で自分を責めることが辛いと思う。しかもそうしていることに気付けないから止めることも出来ないのだ。
そういう自分の状態に気付けたという話。
気付けたから止められると思うけど。
事柄よりも、自分の気持ちを重視することを選びたいと思う。