ぼくは、「本当の自分」は主体で一つだと思っていた。
しかし、状況や状態で自身の性格が変わることに気付いた。
これは「自分」が仮面を着け替えているのだと考えていた。
これをペルソナと言うのだろうと。
しかし、何かに集中していたり、ボーッとしている時など、
「本当の自分」も含め全ての「自分」が無くなっていることに気付いた。
だから、「本当の自分」は主体では無いという考えに至った。
じゃあ何か?と言えば、思考だと思う。
これを自我とかエゴとか言うこともあるようだ。
そう考えると、状況や状態で自身の性格が変わるのは、
「本当の自分」がペルソナを着け替えていると考えるよりも、
「本当の自分」もペルソナだと考える方がしっくり来ると思った。
ぼくが「本当の自分」と思っているものは役の一つに過ぎないのだろうと思うのだ。
今まで主体だと思っていた「本当の自分」とは、
一人で居る時の、完全にリラックスして完全に油断している、誰にも見せない自分だ。
オフの自分と言うか、だからこそ裸のように感じたので、これを主体=本当の自分だと考えていた。
しかし、それは本当の自分では無く、「本当の自分」というペルソナだったようだ。
見聞きしたものや経験したことなどに一喜一憂しているけど、
それはいずれかのペルソナがやっていることで、本当の自分はそれでは無いようだと感じる。
そう考えると、本当の自分とは何だろうか?となる。
しかし、それはよく分からない。
また別の機会に考えてみたいと思う。