「本当の自分」というペルソナ | 自分世界探検家のブログ

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人はみんな自分の信じていることに基いて、全てを解釈しています。
だから、全ての人がそれぞれ自分の世界に住んでいるとも言えるでしょう。

ぼくはぼくの世界を探検しながら、気付いたことや発見したこと、気になったことなどをここに記録しています。

ぼくは、「本当の自分」は主体で一つだと思っていた。

 

しかし、状況や状態で自身の性格が変わることに気付いた。

これは「自分」が仮面を着け替えているのだと考えていた。

これをペルソナと言うのだろうと。

 

しかし、何かに集中していたり、ボーッとしている時など、

「本当の自分」も含め全ての「自分」が無くなっていることに気付いた。

 

だから、「本当の自分」は主体では無いという考えに至った。

じゃあ何か?と言えば、思考だと思う。

これを自我とかエゴとか言うこともあるようだ。

 

そう考えると、状況や状態で自身の性格が変わるのは、

「本当の自分」がペルソナを着け替えていると考えるよりも、

「本当の自分」もペルソナだと考える方がしっくり来ると思った。

 

ぼくが「本当の自分」と思っているものは役の一つに過ぎないのだろうと思うのだ。

 

今まで主体だと思っていた「本当の自分」とは、

一人で居る時の、完全にリラックスして完全に油断している、誰にも見せない自分だ。

オフの自分と言うか、だからこそ裸のように感じたので、これを主体=本当の自分だと考えていた。
しかし、それは本当の自分では無く、「本当の自分」というペルソナだったようだ。

見聞きしたものや経験したことなどに一喜一憂しているけど、

それはいずれかのペルソナがやっていることで、本当の自分はそれでは無いようだと感じる。

 

そう考えると、本当の自分とは何だろうか?となる。
しかし、それはよく分からない。

 

また別の機会に考えてみたいと思う。