今に寛ぐことが出来れば | 自分世界探検家のブログ

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人はみんな自分の信じていることに基いて、全てを解釈しています。
だから、全ての人がそれぞれ自分の世界に住んでいるとも言えるでしょう。

ぼくはぼくの世界を探検しながら、気付いたことや発見したこと、気になったことなどをここに記録しています。

今に寛ぐというと、急がないことだろうか。
そして、今にここに在って状態を変えようとしないこと、コントロールしようとしないで受け入れること。


そして、自分の感情、感じていることを感じ切ること。

 

それは欲求に振り回されないこととも言えるだろう。

退屈だからと言って、テレビや動画を観たり、マンガや本を読んだり、考えに耽ったりしないこと。

 

寛ぐ、と自動詞で書いているけど、何かをする訳では無い。

むしろ何もしないことだろう。

思考で頭を占められていない状態。

全てを手放して、なるに任せるという感じ。

 

やるべきことは、直観で感じられるだろう。

邪魔する思考が無ければ、直観に従って実行出来る。

 


例えば、運転していても焦らない、急がない。

交通法規と道順に従って運転することに没頭するのだ。

例えば、喫茶店なんかで、店員さんが横の席の掃除を騒がしく乱暴にやっていると感じても、

うるさいな、静かにしろ!と相手を変えようとしない。

なるようになる。全ては勝手に起こって去って行くという感覚。

委ねるとか、自分の人生を信じているとか、自分軸とも言えるのかも知れない。

自分のイメージに世界を合わせるべきという考えに囚われない、感情に振り回されない。

そういう在り方。

いつもそういう状態では居られないかも知れない。

しかし、意図すればそういう状態に戻れる。


そうなれたら、心の平穏が保てると思う。

 

時々そういう状態に成れることがある。