生きていれば良い。どう生きたって良い。 | 自分世界探検家のブログ

自分世界探検家のブログ

人はみんな自分の信じていることに基いて、全てを解釈しています。
だから、全ての人がそれぞれ自分の世界に住んでいるとも言えるでしょう。

ぼくはぼくの世界を探検しながら、気付いたことや発見したこと、気になったことなどをここに記録しています。

最近だんだん考えがシンプルになって来ている。

生きていれば良いということじゃないか?と思うのだ。


どうなっても良いようだ。


成功しようと失敗しようとどうでも良いのだ。
友だちが多かろうと少なかろうと、
自分に厳しかろうと甘かろうと、
他人に厳しかろうと甘かろうと、
幸せと感じていても不幸と感じていても、
どうでも良いのだ。

だから、
他人のことを批判しても良いし、しなくても良い。
その他人だって好きに生きているだけなのだ。


悪に加担しても良いし、悪と戦っても良い。
どっちについても正解も不正解も無い。
あるとしても、決めるのは自分なのだ。

だから、金儲けは悪いことだと思っても良いし、悪くないと思っても良い。


人生において本当の障害と言うか問題になるのは、思った通りに生きないこと。
これだけはやってはいけないと思う。

いや、やっても良いんだけどやらない方がきっと後悔が少ない人生になると思う。


自分の欲求に正直に生きていれば良いと思う。
そして、その欲求は時として変わることが有る。
生涯変わらない欲求が有るとしても、その現れ方はその時その時で変わり得る。
悪側だった人が急に善側になったとしても、その人の欲求が戦いたいだったら何にもおかしくないし、変わっていないのだ。

そのように、欲求の芯の部分は不変だとしても、見た目は違う欲求になったように変化することはある。
その欲求の変化にもちゃんと追従出来ることが大事だ。
何らかの固定観念や決め付けが有ると、欲求が違う形になったのに今まで通りの生き方が変えられないということが発生する。
早く欲求の形が変わったことに気付いてそれを実現出来るように生き方を変えないと、まるで外的な力が加わったように人生が立ち行かなくなったりする。

それでもかまわないいのだけど、生きている本人は辛い。

そうなった時は、自分の内省が必要となる。
何が起こっているのか?
何でそうなったのか?
これを自分なりに考えないではいられない。
それ抜きに新しい生き方に変えることは出来ないから、今まで通りに生きようとしてしまう。

生き直そうとして動き出しても、結局自分の欲求とは合わない生き方をしようとするので、

やっぱり人生が立ち行かない経験をするだけなのだ。

しかし、立ち行かなくなった理由を自分なりに知って、自分の欲求に沿った生き方をし始めたら、人生は進み始めるだろう。

その時にはそれまでは知らなかった、あるいは気付けなかった景色や気持ちや経験をすることになるはずだ。

しかし、そうなることが成功という訳でもない。
自分の欲求に沿わない生き方のままで生涯を通しても良いのだ。

それ以上を求めるのは構わない。
しかし、自分の理想とする生き方が出来ないからと言って、その人生が失敗と考えるのは間違っている。

もう、生きているだけで目的は達成している。