生きているといろいろな景色を見ることになる。
人生を楽しむというのは、その都度見える景色を味わうということかも知れない。
達成した時に見える景色。
その途中で見える景色。
生きていれば何かは見えているだろう。
それを味わえるかどうかは余裕度で決まる気がする。
余裕度と言うか、何か1つのことに意識が集中していない、
いろいろなことに気付ける状態かどうかということ。
気持ちに遊びがある感じ。
一方向に急速に流れていないで、少したゆたうような、淀んでいるような感じ。
それは何処にでもいつでも向かえるという、エネルギーの高い状態でもあるだろう。
だから、目の前のことに好奇心が湧く。
観てみる、意識してみる、味わってみることが出来るのだろう。
安定しているから出来ると言うよりも、
逆に足元がグラグラでどうとでも動ける状態だから自由に気まぐれに動ける気がする。
そもそも、安定を求めていないのだろう。
不安定を愛している。
そこまで行かないまでも不安定を良しとしている。
顕現してるのが自分の一部だけとしたら、
五感では感じられない大きな自分の本体があるんじゃないだろうか。
現象界の自分と潜象界の自分。
自信とは、現象界の自分を信じるのではなくて、潜象界の自分を信じているのかも知れないと思った。
そうなって初めて、現れとしての現象を楽しめるのかも知れない。
どうなるか分かっていると言うか、どうなっても大丈夫と知っているから楽しめる。
自信と楽しむことはつながっているようだ。