この↓ブログを読んで、少し感動した。
そして、大きな疑問が浮かんで来た。
ぼくは何で両親に感謝出来ないのか?という疑問。
両親とは感覚が全く合わないと思っている。
しかし、それは責めないための方便で、そう考えると本当は責めているのだろう。
つまり、潜在意識からは責める気持ちが出て来るのだが、顕在意識でそれを見ないようにしている感じ。
何で責めてるのだろう?
自分の中のその感覚を観察しようとしばらく感じていた。
そして急にある考えが出て来た。
ぼくは両親を恨んでいる!?
いやそんなはずはないだろう!
別に酷い事をされた覚えも無いし。
全く理由が思い浮かばない。
そう否定している反面、
心の奥の方にホッとするような感覚が有った。
やっぱり本心なんだと思った。
自分では不幸だとは思っていないけど、今までに経験した困難の数々を思い出した。
最近のものだけ挙げても、適応障害に不安障害に聴神経腫瘍。
自分も辛かったけど、両親にも心配をかけて来た。
だから申し訳ないと思っていたけど、それは顕在意識の話。
潜在意識ではどうもそうじゃなかったようだ。
全部自分で引き寄せたと言うか、そうなるように仕向けていたんじゃないだろうか。
両親に対する当てつけだったんじゃないか。
自分が不幸になることで恨んでいる両親に復讐していたとしたら。
そう思い付いてゾッとした。
何かを他人のせいにするのは他人軸の始まりだ。
自分を無力だと思っている証拠。
その他人に自分の決定権を明け渡しているのと同じで、
自分の思うように人生を生きられなくなるだろう。
そんなの本心のはずがない。
仮に恨んでいたとしても、もう忘れたい。
何よりも自分のために。
そうしないと、今と同じような経験をずっと続けることになるんじゃないか。
そう考えて、でも何故今なのだろう?と思った。
何で長年自分でも気付かなかった恨みに、今急に気付けたのだろうか?と。
それは、もうこの恨みがぼくに必要無くなったからだと思った。
今まで必要だったのかも謎だけど、とにかくもう必要無くなったのだろう。
だから顕在意識に上がって来て意識出来たのだ。
手放せたのだと思う。
その数日後。
やっぱり恨んでいるなんて気のせいで、本当は甘えてるだけじゃないのか?
という考えが出て来た。
ああ、そうかも知れない。
親を恨んでいるなんて、そんな酷いことを考えて良い訳ない!
そう思った時に気付いた。
最後に出て来たのは自分ルールだ。
これが親を恨んでいる気持ちを抑圧してた番人だったんだな。
この番人にも気付けたから手放せはのだろう。