戦わずに委ねる在り方 | 自分世界探検家のブログ

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人はみんな自分の信じていることに基いて、全てを解釈しています。
だから、全ての人がそれぞれ自分の世界に住んでいるとも言えるでしょう。

ぼくはぼくの世界を探検しながら、気付いたことや発見したこと、気になったことなどをここに記録しています。

この↓ブログによると、何か始めるときのやり方が変わって来てるらしい。

ハングリー精神のことを言っているのだと思う。

ネガティブな感情をバネにして、そこから活力と言うか、始動するためのエネルギーを絞り出すというイメージだ。

それは負けず嫌いの革を被った、怒りや悔しさ、恨み、妬みといったような感情。

いずれも自己不信や欠落感、劣等感から派生していると思う。

そして、その大本は恐怖だろう。

これは、身の危険から逃げ出すための緊急事態対応時のエネルギーの出し方を利用している。

だから、恐怖というネガティブで強い感情が必要になるのだ。
瞬間的に莫大なエネルギーを出せる代わりに、長続きさせられないという特徴がある。一気にパワーを出してしまうので、アッと言う間に保持しているエネルギーを使い切ってしまうからだ。

しかし、この方法を使わずに上手にやっているのがこのブログ主だと思っていたけど、

今回のブログを読む限り、始動時にはネガティブな要素を利用しているようだ。

どうやら、何かを始める時は、ネガティブな要素を利用するというのが一般的なやり方なのかも知れない。
ぼくだけじゃないんだと始めて思った。

でも、みんながみんな燃え尽きて症候群とか、うつになっていないのをみると、

どうやらずっとネガティブな要素を利用し続けている訳無いようだ。
そこがぼくら燃え尽き組との違いなのだろう。

また、上に挙げたブログの中の、

『人生変えたり、行動するのに
 いちいちネガティブな要素作るもういーかげん疲れるよね(笑)


 もう、飽きたでしょ?(笑)』

という指摘に驚いた。

ネガティブな要素はぼくが自分で自分のために創り出していたのか!?

そう考えると、何故か心がスーッとした。
身体がこれは正解だと教えてくれているのだと思った。
ちょっと混乱している。


話は変わるが、上に挙げたブログには、
『最近の若い世代は、ネガティブな要素がなくても大きく進んでいける。』と書いている。
ぼくは、このブログ主こそその筆頭だと思っていたけど違うと言う。

ぼくが知りたいのは、その方法だ。
どうやったらネガティブな要素がなくても大きく進んでいけるのだろうか?

何となく、先のことを考えないで、その時に楽しいこと、やりたいことをやるだけのような気がする。

つまり、やり方が変わったというよりも、世界が変わったと感じる。

今までの、ネガティブな要素を利用するというやり方が特殊だっただけじゃないだろうか?

何か全てがそのことを指し示しているように感じるのだ。
つまり変にこねくり回すことは止めて流れに委ねると、丁度良い時に丁度良いモノがもたらされる、みたいな感じ。

それは世界の完全性の現れだ。
世界か完全だということを経験するために今まで、

自分の限られた能力や知識だけで自力でやってみるということをして来たような気がするのだ。

そう考えると、今、途方に暮れている人はそれでその人の人生的には正解なのだと思う。
社会的には敗者とか、負け組と言われるような一見満足出来ないような状態であったとしても、

それこそが経験したい状態なのかも知れない。

あるいは、経験したい状態を成立させるために、今辛い経験をする必要が不可欠なのかも。

そんな風に自分の人生を受け入れたら、新しい在り方に変わって行くことが始まるような気がする。
新しい在り方とは、戦わずに委ねる在り方だと思うから。