メンタルな疲れから来る休みたいと、フィジカルな疲れから来る休みたい | 自分世界探検家のブログ

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人はみんな自分の信じていることに基いて、全てを解釈しています。
だから、全ての人がそれぞれ自分の世界に住んでいるとも言えるでしょう。

ぼくはぼくの世界を探検しながら、気付いたことや発見したこと、気になったことなどをここに記録しています。

この↓ブログは凄い内容だと思った。

抑圧された感情を解放する実践的な手法が紹介されていると感じた。
やってみると、効果があることが分かると思う。

要点として、ぼくが考えるいくつかの点が抜けていると感じたので、勝手に付け足す。

まず、ぼくは思考と意識は違うと思う。
思考はロジックや分析のようなことで、ツールだと思う。何かを決めたりは出来ない。
そういう主体性は無いと思う。
逆にその主体性を持っているのが意識だと思う。

感情を感じるとき、

慣れていないと思考が出て来る。

そしてその思考がまた感情を生み思考が出て来てと、

それが繰り返されている状態を感情を感じていると思ってしまう。

 

そうならないためには、思考を全て無視して自分を信じ続けることが必要だと思う。

自分を信じるということ。
これは意識で決めることだと思う。


それから、動けない、何もしたくないのは、
もしかしたら、今は動きたくないのかも知れない。休みたいとか。
これは、その内に動きたくなる。
じっとしてるのに飽きちゃうからだ。

注意が必要なのは、休みたいには2通り有って、その両方を満たしてあげないといつまで経っても休み足りないままになる。

それは、

メンタルな疲れから来る休みたいと、

フィジカルな疲れから来る休みたいだ。
両方とも、休んでいたらある程度は回復するのだが、少し動くとまた疲れるということがある。

 

それはどちらか、もしくは両方の疲れを溜めやすい思考癖や生活習慣を持っているせいだ。
だとしたら、それらを変える必要が有る。
今までその思考癖や生活習慣を持ったままで活動出来ていたのは、それだけの精神的肉体的な余裕が有ったからだろう。
今はもうそれは使い果たしてしまったので、以前のやり方は出来ないと知るしかない。

こう考えると、動きたくないのは何かまだ動くために変えなければいけない要素が有るからとも言えそうだ。

思考癖というのは、自分にとって不要な思い込みが有るということ。

何かのきっかけにその思い込みが反応すると激しい感情が出て来る。

そしてそれに振り回されて、疲れてしまうのだ。

 

だから、激しい感情が出て来たときが、この思い込みを見つけるチャンスだ。

感情がどうやって出て来たか、自分の中を観察して、その思い込みに気付ければ、

思い込みが解放される。

 

今まで激しい感情が出て来たシチュエーションになっても、激しい感情が出て来なくなったら

思い込みが解放出来たと分かる。


フィジカルな、と言うか生活習慣の見直しは案外思い至らない。

メンタルな要素をだいたい洗い出せた、

つまり抑圧した感情と思い込みの解放がだいたい済んだと感じるのに動きたくならない場合は、

生活習慣から来るフィジカルの疲れを疑ってみる必要が有ると思う。

 

ぼくは今この時点だと思う。

まだ文章化出来るほど分かっていないが、

少しずつ元気に近付いて来ていると思う。