成功も幸せも不幸も概念であり、幻に過ぎない | 自分世界探検家のブログ

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人はみんな自分の信じていることに基いて、全てを解釈しています。
だから、全ての人がそれぞれ自分の世界に住んでいるとも言えるでしょう。

ぼくはぼくの世界を探検しながら、気付いたことや発見したこと、気になったことなどをここに記録しています。

以前、自分は幸せなんだという意識になったことを書いた。

 

 

今日、この↓ブログを読んで、

そのことを思い出した。

そして、その続きを考えた。

 

 

成功って、自分が思うことじゃないだろうか。

つまり概念だろう。


どういうことが成功なのかという定義すらない、ぼんやりとした幻だ。
 

幸福とか不幸だって、同じだ。

幸福感とか、ついていないと思うことは有るけど、

幸福だな~というのは考えたときしか出て来ない。

これもやっぱり概念と言えるだろう。幻だ。

 

 

ここで便宜上の悪の存在を仮定する。

悪とアナタが敵対関係にあるとする。

悪は、」存在しない幻を創り上げた話やイメージにして見せて、さも本当に在るかのように匂わせ思わせることで、

現状のアナタは幸せではない、だから不幸なんだと思考を誘導する。

 

そうやって、根拠も無くアナタの現状をおとしめさせるという戦略はもう長い間使い続けられている。

だから、当たり前になって、もう日常になってしまっている。

 

テレビや映画、動画、ゲーム、小説、アイドルや芸能人などがそれで、

その匂わせは広範囲に渡っている。


これらは全て他人が考えた概念、考えでしかない。

 

それを今のアナタは持っていないけど、

何処か遠くの他所、

ずっと先の未来に在るかも知れないと吹き込むことで、

アナタが今ここに生きることに集中するのを妨げ、

まだ見ぬ未来という存在しない幻を追うためにパワーやエネルギーを使わせようとする。

悪はそのエネルギーを奪って肥え太っているなのだ。


社会的なステイタスや財産を築くことを幸せの目標と誤認識し、それに向かって努力している。

その途上で、使うお金をはじめとした様々なエネルギーは、

本来の自分の幸せになることじゃないことに向けられることになり、

それこそエネルギーを奪われていることと言えよう。

 

アナタはその仕組みは理解出来なくても、

ずっと続く幸せ希求地獄の辛さに耐えかね嫌気が差しているかも知れない。

 

幸せはどういうものでどこに有るのか?は、人によって異なる。
そして、自分の幸せってすぐには分からないことが多いようだ。

 

だから、それを自分の外に探し出すと、足元をすくわれ勝ちだということだろう。


悪に騙されていなかったとしても、自分の幸せが分かっていることにはならない。


偶然その目標が、その人の人生の目的と重なる人たちは自分の思う成功を達成出来るかも知れない。

そして、それを幸せと表現するかも知れない。
しかし、それはその人の人生、やり方、幸せなので、

他人のアナタが真似しても同じようにはならないだろう。

自分の好きなとか、共管出来る成功者を目標にしろというアドバイスは、そのことを鑑みていると思う。
自分に似た人生を歩んでいる人のやり方は参考になる可能性が高いということだろう。

しかし、頭で考えたり、他人から教えられたやり方では決してそこには辿り着けない。
幸せの要因のひとつに、自分で選び自分でやるということがある気がする。

仮に他人に教えられて、幸せが感じられても、多分それよりも大きな幸せの途中の段階にしか来ていないような気がする。

本当の幸せではないと言うか。

しかし、他人の言うなりだと、その先のやり方は分からないだろう。
自分で考え、自分で選び、自分で試してみるということが不可欠のような気がする。