昨晩、うつらうつらしてた。
ちょっと動画でも見ようかな?
と思ったけど、面倒くささが先に立った。
何が面倒って、考えるのが嫌だった。
もう何も考えたくない、頭を使いたくないと思った。
そうか、だったら考えるのを止めたら良いのか!
考えるのを止めるには、どうすれば良いだろうか?
心を意識してみよう。
ハートの辺りに意識を向けよう。
心を開くのだ。
そのことに集中するのだ。
そして、ハイヤーセルフとつながろう。
すると、自分の胸の中に、隙間が空いて行くような感じがした。
同時に、天が拓くイメージが見えた。
拓くと言っても、ちょっと割れる感じ。
最初は割れ目が見えるだけだったが、
しばらくしたらその割れ目から何かが出て来た。
そして割れ目も広がって行った。
何だか分からないが、いろいろなイメージだった。
おもちゃ箱をひっくり返したような、サーカスが始まったような、楽しい感じがしたが、
何だか、地獄のような禍々しさも感じた。
そういった何だか分からないモノたちが沢山降りて来た。
生き物やそうじゃないモノが混在したぐちゃぐちゃの塊。
なぜかニヤニヤ笑っているような気もした。
そして、なんだかぼくまで楽しい気持ちになって来た。
気付いたら何も考えていなかった。
考えようとしても何も思い浮かばない。
神々しいとか畏れおおいという感じでも、
地獄絵図という感じでも無かったけど、
この世のモノとは思えないそれを見ながら、
気付くとぼくは祈っていた。
楽にしてください。
ありがとう。
耳が痒いのを治してください。
ありがとう。
首が痒いのを治してください。
ありがとう。
アトピーを治してください。
ありがとう。
腰が痛いのを治してください。
ありがとう。
聴神経腫瘍と、その症状、難聴耳鳴り、めまいふらつきを治してください。
ありがとう。
すると耳の痒みと首の痒みがスーッと引いた気がした。
そして、思った。
これが楽をするということか!
委ねるということか!
考えないということか!
と。
後で思ったのは、
ぼくはいつも何かを考えているということ。
心の存在を感じていないし、
忘れてしまっている。
それを昨晩の夢(?)に気付かされた。
思考によって悲観的な気持ちになる傾向があるようだとも感じた。
心を意識すると、理由も無くいきなり楽観的な気分になった。
この2つの気分の対比がとても象徴的だと思われ、印象に残った。