仲が良いとかいう、
あの関係性ってなんだろう?
と思うことが有る。
好きなことが一緒とか、
目的が一緒の人とは、
話題も合うし、付き合い易い感じがする、かな。
学校の部活や、
サークル活動、
会社の同僚なんかも同じ位置付けかも知れない。
しかし、そういう人たちとの関係って、
あまり長続きしない気がする。
学校や会社で一緒にいる間とか、
部活やサークルに参加している間の付き合いになることがほとんどだろう。
それは表面の付き合いなんだと思う。
それはそれで、社会生活を営む上では必要な関係なので、
良い悪いではなく、そういうモノじゃないかなと思うのだ。
しかし、そういう友人の中でも、
卒業以降、会社を辞職/転職した後も続く関係の人って居るだろう。
あれって何だろうな?
と思うのだ。
目的や好きなことよりも、
もっと共感する部分や、
魅力を感じる部分が多いような気がする。
でも、一緒に居て心地良いっていうのは、
思考での判断ではないと思う。
思考だとしても、潜在意識レベルの判断だろう。
その人の長所に惹かれるというより、
短所が気にならないという方が大きい気がする。
つまり、大事にしていることや嫌いなことが似てるんじゃないかと思う。
気遣うことの要因が似てる、
美的感覚が近い、
そんな風にも言える気がする。
こう書いて、ひとつ思い出したことがある。
ぼくは箸の持ち方が妙に気になる。
変な持ち方の人が気になってしまう。
上手な持ち方の人を見ると安心する。
そういう感覚はあまり良くない気がして直したいと思いながら今日に至っている。
まあ、そういう美的感覚なんだろう。
これなんかは、
表面上は躾や習慣のことだろうけど、
その根底には物事に対するその人の姿勢みたいなものが垣間見えている気がする。
こういう感覚的な性質は、
歳を取ってもあまり変化しないような気がする。
最近気付いたけど、
ぼくは自尊心が低く、世界は怖ろしいと信じて生きて来たようだ。
しかし、そのことに気付いて、
自信を持って、世界を怖れないように変わりたいと思った。
そういう風に、それまで持っていた自分の世界観が変わるような変化が起こったとき、
人間関係がガラッと変わるというのを聞いたことが有る。
自尊心が高く、気楽に楽しんで生きている人たちに囲まれているようになったら、
ぼくもそういう人たちと似た世界観や美的感覚、世界観を持ているのかも知れない。
まあ、そうなったらブログにこんな文章は書かないような気もするけど。