正義を振りかざして他人を攻撃するようなことはもうしない | 自分世界探検家のブログ

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人はみんな自分の信じていることに基いて、全てを解釈しています。
だから、全ての人がそれぞれ自分の世界に住んでいるとも言えるでしょう。

ぼくはぼくの世界を探検しながら、気付いたことや発見したこと、気になったことなどをここに記録しています。

世知辛い社会、冷たい社会を成立させているのは、

自分たちの思想ではないか?ということを書いたつもり。

社会って、個人を守ったり、育てりするために生み出されたんじゃないのだろうか?

 

それがいつの間にか、

人間の方が社会に適合するように努力しなければ生きて行けないような感じになっている。

 

それがおかしいと思うようになって来た。

 

例えば、通いたい教育機関に通うためには、試験に受からなければいけないという。

当たり前だと思っていたが、やっぱり何かおかしい気がする。

 

就職もそう。

自分を売り込むというよりは、

何か企業から採点されて弾かれないように、

なんだか着るものから、会話の内容、話し方までシミュレーションして、

本来の自分が出ないように気を付けてる。

 

就職活動の学生たちは、

みんな紺色のスーツで同じような恰好だ。

 

会社に入ったら入ったで、

上司や同僚の目を気にしながら、

間違ったこと、失敗をしないようにキャリア積んで行く。

それによって、給料や昇進などが左右されるからだ。

 

そういうのって、本当の自由なんだろうか?

 

なんで、ワクチンを打たないといけないのだろうか?

ワクチンを打てば、その人は病気に感染しないのだろう。

だったら、自分の判断でワクチンの接種はしないのは有りでしょう。

絶対に罹患したくない人はワクチンを打てば良いのだから。

 

なんでワクチンを打たないと行動を制限されないといけないのだろう。

 

ワクチンは完璧じゃないので、

接種しても死んだり、病気に罹患することが有るから、

というのが理由なら、なおさら何のためのワクチン接種なんだ?と思う。

 

 

和を乱す奴は悪者だから攻撃していい、排除していいという社会って、

平和と言えるのだろうか?

 

なんでそんなに他人の耳目を気にして生きなければいけないのだろうか?

 

 

今までもそんなことをして来たつもりはなかった。

しかし、明確にそれを自分ではやらないんだという選択もしていなかった。

 

でももう気付いてしまったので、

少なくともぼくは、

正義を振りかざして他人を攻撃するようなことはもうしない。