いつも正解は自分の内側にある | 自分世界探検家のブログ

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人はみんな自分の信じていることに基いて、全てを解釈しています。
だから、全ての人がそれぞれ自分の世界に住んでいるとも言えるでしょう。

ぼくはぼくの世界を探検しながら、気付いたことや発見したこと、気になったことなどをここに記録しています。

他人のアドバイスを参考にする、

というのは自分のためになるだろう。

 

でも、自分の意見や在り方を否定するようなことを言われても、

基本無視してOKだと言う。

 

今までのぼくだったら、

そう言われても、どこまでをアドバイスとして聞き入れるか、

どこからが無視して良いのかは判断が難しいと考えただろう。

 

それは何でだろうと考えた。

 

それは、全ての選択には正解が有って、

その正解を選択することにしか意味が無いと思っていたからだ。

 

正解かどうかはどうやって判断しているだろう。

思考によって、判断基準に照らして判断するだろう。

 

倫理的に、

論理的に、

 

常識的に、

正しいかどうか。

公序良俗に反していないか。

おかしくないか。

他人に文句言われないか。

損しないか。

カッコ悪くないか。

 

そんな感じで、結局自分の意見では無くて、

外の何者かの判断を気にしていると分かった。

 

他人軸になっていたのだ。

 

 

これとは別に、

自分が心地良く居られるかどうか、

を判断基準にしたらどうだろうか?

 

判断は非常にシンプルになる。

 

しかし、それによって、

倫理的に、

論理的に、

常識的に、

間違っている。

公序良俗に反している。

おかしい。

他人に文句言われる。

損する。

カッコ悪い。

そういうことになるかも知れない。

 

と、ここまで書いて、

これか!

と思った。

 

こういうこと考えるから、自分軸に成れなかったのだ。

 

そういうことを重要視しない在り方を選ぶということだ。

 

自分が心地良く在ることは最優先にするということだ。

 

正しさや損得よりも、

自分の好みで選ぶと言うか。

 

そうなって初めて、

「いつも正解は自分の内側にある」

と言えるのだろう。

 

そうでないと、思ったように生きられないと思う。