自分で自分にかけている呪縛を解けば、
やりたかったことが出来るようになると書いた。
その後で、
このブログを目にした。
自立と依存って対義語なのね?
知らなかった。。。
依存って、呪縛の代表的なモノだと思う。
その根底には、
次のような自分に対するイメージが有ると思う。
弱い、不完全だ、完成されていない、ダメだ、
間違っている、劣っている、足りない部分が有る。
それこそが呪縛の大本だろう。
全ての呪縛はここから派生していると思う。
自己完結していない自分だから、
何かに頼らないと生きて行けない、
頼る権利が有る、
みたいになっている気がする。
逆に弱い自分を否定するために、
他人をコントロールしないでは居られない、
ということも有るかも知れない。
だから、依存している対象に
心酔しているパターンと、
依存している対象が
自分の理想通りの言動をしないと
激怒するようなパターンが
有る気がする。
こういう状態から抜け出すのは、
自分が立派な人になるとか、
状況を変えるとか、
すごい変化が必要だなんて、
そんなことは無い気がする。
自分が依存していることが(顕在意識で)分かって、
その大本にある呪縛を(顕在意識で)分かれば、
それを手放すことが出来ると思う。
そして、依存することが必要無くなった人のことを
自立したと言うらしい。
だから、依存は人間の成長におけるひとつの段階なのだと思う。
つまり、誰しも通る必要な状態なのではないかと。
赤ちゃんは、誰かに面倒を見てもう必要が有る。
それが、依存の状態になる原因かな?と思う。
この状態をすんなり抜け出せるか、
こじらせるかが人によって違うのだろう。
ちなみにぼくはこじらせたタイプだと自認している。
だからこんな文章を書いているのだろう。
ただ、そのことに気付けたので、
近い内に自立出来るだろうと思っている。
自立した暁(あかつき)には、
同じように自立した友人を持ちたいと思う。
