エアコンの部品を壊してしまい、
壊した部品を買い替えることにしたのですが、
なかなか見つからず大変でした。
この部品を壊したときは、
不注意な自分を責めたり、
運命を呪ったりしましたが、
すぐに我に返って、考え直しました。
ぼくは自分がなるべく平穏な気持ちで居られることを最優先に生活する、
というチャレンジをしているので、
自分を責めるのは一番やりたくないことじゃないか?と。
そう考えても、自分を責める思考や運命を呪う思考は止まりません。
そこで、そういうのは一回受け入れました。
「そうだね、不注意だったね。」
「こんなことで壊れるなんてツイてないよね。」
でも、
「この暑いさなかクーラー無しで生活するのは我慢出来ない!」
という考えには同意しか出来ませんでした。
とにかく早くクーラーが利くようになることを考えることにしました。
でも、イライラはしばらく続きましたね。
それでもどこかで、この事件が起こったことには何か理由が有る気がする、
という根拠の無い予感もしていました。
検索しても部品が見つからないとき、
サポートセンターは個人に部品を売ってくれないと分かったとき、
業者からの在庫確認や納期確認の回答を待っているときなど、
イライラして嫌な気持ちでしたが、
「これには何か意味が有るに違いない。」
と考えることで、何とかやり過ごすことが出来ました。
この経験で良い発見も有りました。
メーカーのサポートセンターの担当者の人は、
電話口で丁寧に対応してくれてありがたいと思いました。
部品を売ってくれる業者の人は、
メールでのやり取りでしたが、小マメに連絡をくれて、
これもありがたいと思いました。
一番の発見は、この暑さでも扇風機があればぼくは過ごすことが出来るということでした。
エアコンが動かせなくなった初日こそ、
臭い汗がダラダラ出ましたが2日目からはあまり汗も出なくなりました。
扇風機でも思ってた以上に涼が取れるモノですね。
考えてみれば、ぼくが子どもの頃はクーラーなんて無かったですから、
元に戻っただけと言えなくもない。
むしろクーラーを使っている方が寒過ぎたのかも知れません。
扇風機やエアコンに対する感謝も感じます。
エアコンが壊れて、感謝の気持ちを思い出した、
そんな気がします。