昔の出来事なのに、
思い出すだけでも感情が掻き立てられる、
ぼくにはそういう記憶が有ります。
小学生の時に、
同級生が野球のチームを作って、
クラスのほとんどの男子が入っていました。
発起人の男の子は、
少年野球チームで練習していて、
野球がとても上手かったようです。
そのため、その子が練習メニューとルールを決めていました。
上手く出来ない子には、
当然のようにバットでお尻を打つ、
ケツバットをしていたそうです。
おそらく少年野球の大人のコーチがしてたので真似したのでしょう。
野球の下手な子は、
何度もケツバットをされていたようです。
お尻にアザが出来て、痛くて座れなかったそうです。
みんなコーチの子の報復が怖いからか、
誰もそのことを親に言わなかったようです。
ぼくはそのチームに入っていなかったのですが、
毎日勧誘されていました。
ケツバットされるのは分かっていたので、
怖くて逃げ回っていました。
ある日そのケツバットのことが分かって、
その野球チームは無くなりました。
ぼくは、ケツバットをされた訳でも無いのに、
その時のことを思い出すと、
恐怖と怒りの入り混じった、
強い感情が出て来ました。
何で、そんなに反応するのか?
ずっと不思議でしたが、
この間その謎が解けました。
コーチの子は、
他人にケツバットがしたかったので野球チームを作った、
と思い込んでいたのです。
他人を傷付けることを楽しみにしていると。
ぼくにはその発想が凄くおぞましい、
怖ろしいモノに思えたので、
そういう感覚の人は悪魔のように思っていました。
そういう人間の存在と、
そういう人間が存在出来る世界、
それが怖ろしかったのです。
しかし、ある日その時のことを思い出して、
ある疑問を抱きました。
あの子は何故野球チームを作ったのだろうか?
本当に野球がしたかっただけじゃないか?
みんな怖いから黙っていたと思っていたが、本当だろうか?
みんな野球がやりたかったのではないか?
他人にケツバットがしたかったと思っていたけど、
その証拠は有ったのだろうか?
いや、無い。。。
どうやらぼくの恐怖は、
全て当時の子どものぼくが抱いた妄想だったようなのです。
そう思ってからは、
このケツバット事件を思い出しても
もう以前のように強い感情は出て来なくなりました。
この記憶は、
ぼくの世界観を形成する重要な材料になっていたように感じます。
つまり、
『世界は怖い』
『他人は何を考えているか分からない』
これをきっかけに、
ぼくの世界観は少し変わったようです。
以前より世界が優しいく思える気がします。