寄り添う、ということを、
今、学んでいます。

自分と相手にしっかり境界線を引く。

それ以前に、私は私。
確固たる自分をもち、
左右されないこと。

サポートさせていただく時は、その機会をいただいているという謙虚な気持ちと感謝の気持ちを忘れないこと。

くれぐれも、相手のなにもかもをやってしまうと、相手の試練を奪ってしまい、相手の成長を奪ってしまうことになる。よかれと思ってやった人助けは、とんでもない害になる。


自分を尊敬し、相手も尊敬する。
そんな気持ちが大切なのでしょう。


寄り添う。
奥が深いです。

遊び倒して身体ボロボロのナツカです。こんなに遊ぶことが過去何年前にあっただろうか。一日中寝たいです。それもしかし土曜日まで我慢か。

なんて思って、情けない自分に気づきます。楽しいことした筈なのに、酷い顔をしているものだな、と。相方にからかわれ、軽く反省。

しかし本気で疲れがとれない。
速攻で寝たい!



ディズニーシーでは、いろんなミラクルが起きました。屋根のある乗り物に並んだ瞬間雷雨がやってきて、降りる頃に止んでくれたので、一切、暴風雨の被害を受けませんでした。いや、本当に酷い暴風雨で、いったいどうなることやらと、多くの来場者が屋根の下から外を見つめていましたからね。誰もはかっていないのに、まるではかったかのように、雨が降り、止みました。助かった!ありがとう。



それから、ニュースでもやってましたが、セーフティーバーが完全に下がっていなかった、例の360度回転のジェットコースター。私たちが行った日の事故でした。しかも、その時間帯、丁度乗ろうとしていたんです。私以外の他の三人が、乗ろう乗ろうとはしゃいでいて、私は怖い乗り物が苦手だけど、みんながそんなに乗りたいなら我慢して乗ろうかと思っていたのです。けど、勇気を振り絞って、怖いからちょっと……なんて、拒否った、その矢先。事故ったっぽいです。

その事故のニュースを知った瞬間叫びましたからね。なんてタイミングだったんだ!こんなことってあるのか!って。助かった。ありがとう。


あとは、一昨日ですが、昼食の店を迷っていて、○○にしようかな~なんて言った瞬間、近くの店の電話のベルがいきなりなって、しばらくして止みました。ん?と、思った私は、そこの○○に行こうとみんなを誘い、実際に行ってみたら大正解で、このもんじゃ焼きを食べる為にうちらこの○○に来たよね、という発言が出る始末。ほう。ありがたい。


どうやら、ますます不思議な世界に迷いこんでしまったナツカさんのようです。


ここ最近の目標は、自分を相手より下げず上げず、その場所で自分らしさをみつける。どんな波に飲まれても、自分らしさを保つこと。自分でいること。闇と光を判断すること。

かな。とりあえず、


体力かもんばーーっく!!!!


眠すぎてなんもやる気せん。リポDやオロCを飲まないと動けないくらいには、だいぶいろんなやる気がそがれています。

頼むから私を寝かねてくれ。。私に自由な時間をくれ。しばらく家事パスしたい…




そうもいかない現実。



今日はこれからディズニーシーに行ってきます。


ところで昨日は、浅草おお台場の夜景を観光してきました。

夜景の光。ビルの窓の光の集まりを見ていて、光が集まってこんなに美しいと感じるなら、

人が光だとして、その光が集まったら美しいものなんじゃないだろうか。

人嫌いなんて言わないで。

と、思った。実際のところ、エンパスの私にとって、他人は私に危害を加えるもの、って認識がある。そうじゃなくて、闇と光を見分けられれば、もうちょっと生きやすくなるだろうし、そういうふうに、思える日がくるのかな。目指していれば、ちゃんと辿り着けるね。

うん、よろしく。




浅草ではおみくじを引きました。結果は凶。引く前に、最善にお導き下さい、ってお願いした結果がこれ。私が凶とは珍しく、果て、と思って凶のおみくじを例の所に結びつけてたら、祈り願う、という言葉が浮かびました。ああ、そういえば、私は頼むとか願うとか、そういうのに疎いな、と思った。もっとこういうことをすると、スムーズに行くよ、って言われた気がした。なるほど。



行く途中で、相方が、あの女の人お前に似てる、と言って目で示しました。木管楽器らしきケースを背負ってる背の高いふらふらっとした女の人。顔とかじゃなくて、雰囲気が、とのこと。私にはその人の詳細はよく見えなかったのですが、もし雰囲気が似ているとしたら、エンパスさんで、カナリ敏感で、宇宙人ぽくて独特で、とても色々苦労しているに違いない、可哀想、と思ってしまいました。

そこまで思ったところでフリーズ。私は私のことを、可哀想、だなんておもっているのか。

なんてことだ。と、頭を抱えてしまいました。これはいかん。

自分で自分のことを素敵だと思える人になりたい。それは完璧な人間を意味するわけではなくて、一人の人間として、女性として、自分を尊敬できるような、勿論それは他人を卑下した上での自己尊敬ではなくて。

…ここまで考えられているなら、発見できているなら、可能性は無限大だよね。大丈夫。よろしくね。


ちなみに、ディレクターが世界中を旅して、行ってみたらこんなとこだった!っていう夜の23時台の番組に出てくる女の人を見て、相方が、これお前に雰囲気が似てる、とのこと。確かに見てみたら、動きがにている。ヘラヘラへにょへにょしている。どことなく顔つきも。性格はあそこまでしっかりしていないけど、全体的に似ている。

同じ星から来たピープルかしら( ´ ▽ ` )���$J$s$F!"$o$/$o$/$7$F$7$^$C$?$N$G$7$?!#��$5$F!"%G%#%:%K!<%7!<$K$b$&$9$0$G$D$/$h!*�
土曜、日曜、月曜、と友人夫婦が泊まりにきています。
浅草、お台場、ディズニーシーへ行ってきます。
そんなわけで、暫しのお別れ。



とことん自分を癒すこと。
それができなければ、将来、自分の子どもにあげられないからね。だって、両親から貰えなかったものは、自分で自分にあげるしかないんだよね。

とことん自分を癒すこと。

尊敬する人から貰った言葉。あの日からこれが私のテーマになってます。それがいったいどういうことなのか、まだちょっとわからないけど、なんとなくわかってきた気もする。しっくりきはじめたかな。


これが必要な人はきっと山ほどいる。日本人には多い筈。私の親だってそう。私の母の両親は、養子として育てられ、結婚の時にはじめて互いの顔を見て、夫婦をやって、親になった。そして母たちが生まれて、育ったわけ。生活はなんとなく想像できる。

この血のカルマがどこから続いているのかはわからないけど、もう終わりにしたいんだよね。


なんて、ことをずっと考えています。自分で自分を癒すこと。何年もの闇を癒すには、まだまだかかるだろう。

その癒しの途中で気づいたのですが、人と人との関係に上下関係を考えると、私は必然的に自分を下にしてまうので、すると、自己犠牲的な態度や、自己否定的な考え、に至るようです。

上下をなくしたい、手を繋ぎたい、頭で思ってはいても、心身はついてこなかったのですが、どうやら、これがあるきっかけで身に染みてきました。

職場で、私の職種は一人きりなので、集団vs一人、つまり、一人ぼっちという構図ができあがっています。勿論、一人ぼっちは私。この構図が、私の小学、中学時代を想起させるんです。誰にも馴染めず、馴染もうともせず、とんがった性格でいじめにもあい、孤独の塊みたいな生活をおくっていました。今思えば、果敢な思春期の黒歴史だなぁと笑い飛ばしますけどね(笑)職場では、そんな立場なことはないのに、私はこのゲームからまだ抜け出せないでいるようです。職場ではいつも自分の中の闇と戦い続けている。

昨日のことでした。

ある看護師さんが私の目の前でパソコンを睨みながら、ああ疲れたー、と心底言いました。その時私は、ああ今日は私も鬱々してるぜ、なんて、思うと同時に、私だけじゃない看護師さんも疲れてんだよなぁと思った。いつもの何気ない、変わりの無い場面。繰り返しの。でも、その時私は思ったんです。看護師さんも事務も同じなんだなぁ、って。同時に、看護師なんて職はハード過ぎて、事務より大変でエライ、って、無意識に思っていた自分に気づきました。

看護師さんの方がエラくて当たり前、って、私は思ってたみたいなんですね。

でも、違うよね。私が目指していることには、それは全然違う。

仕事量や質は違っても、それは、それぞれの分担を担っているだけで、みんな同じなんだ。


そう思えた瞬間、何か視界がまた大きく開けた感じがします。

上下じゃなくて、横に並ぶ。手を繋ぐ。そう考えられたなら、勝ち負けのゲームや、それに伴う人間の自己卑下や、他者への見下し、そもそもな物質的な人間関係が、うっすらと消えてゆくんじゃないかなって。こうすることで、自己の癒しの先にある姿に一歩近づくのではないかって。

つまり、上下関係による自己否定感に、私は気づいた訳です。そこに生まれる私自身への鬱屈とした枠が、取り払われたなら。もっと世界が広がるに違いない。


私がこの職場で学ぶべきことは、他者に染まらない確固たる自分であるだろう。それは、他者との繋がりの学びでもあり、物質社会での基本的なルールだと思う。私が目指す将来の為に学ぶ必要がある。


ちなみに、それを教えてくれた看護師さんですが、お姉さんがフランスで修道女をしているというツワモノで、彼女自身も天使のサポートを受けているタイプのようで、ところどころそれは見受けられます。…まぁ、うちの職場は、いろんなタイプの人がいて面白いですよ。本当にいろんな、ね。


人間てすごいですね。
愛のあふれる存在だなぁとつくづく思う。