今、私がしあわせでなければ、なんの意味もない。


金星とともに瞑想したらば、そんな言葉が浮かびました。
私はこの壮大な計画に参加する為に、今ここにやってきた、って知ったのはつい4月のこと。その為には、自分が本当の意味での癒しにいたらなければ、なんの意味もないって、学んだつもり。

でも、いつのまにか、未来の目標や、未来のしあわせの為に、今なにをしたらいいんだろう、って先走ってしまっている自分がいた。

目に見える、形や、日常の何かから変えて、光を増やし、世界がいやされる、そんなやり方ではない。心の中にうまれた光は、奥へ奥へ、深く深く流れていって、集合意識へ達して、それは多くの個人が行ったそこからこの世界がいやされる。つまり、この壮大な計画はそうあるべきなんだろう。変えようとか、光であちこちを満たそうとか、そうじゃないんだな。心が満たんになって、あふれたそれはもちろん世界をいやすだろう。それも、ひとつの形。その方法で癒しを受けた人々は最終的には、心の奥へ奥へつながって、集合意識に到達して・・・

そう、だから、

今、私がしあわせでなければ、なんの意味もない。
それは、すべての人において。

これから先の未来はそうあるべきなんだろう。



今年、入籍してから、今の仕事をやめて、来年からはアロマの仕事をしようと考えていました。けれど、ふと、思ったんだよね。それをして、自分はどうなりたいんだろう、って。

結局、アロマの勉強をしたいっていう目標につけこんで、今の仕事から逃げたかったのもあったんだよね。でも、ここで乗り越えられなかった問題は、次にもつきまとってくる。それに、アロマの勉強をするのは、自分の身体の癒しの為だったけれど、心の中では、いつか独立したいって野望があった。でも、果たして、独立したいっていう野望は、それで叶ったらどうするんだろうあたし。確かに立派な夢だけど、現実、は、多くのおんなじような人が生まれては沈んで隠れて、消えて、うまれて、の繰り返しで。私がしたいのは、このスピの世界を知らない人に、知らないままでも、セルフケアの大切さを解ってもらうことで、おんなじような似たような人との馴れ合いじゃない。それに、私はわたしの家族が第一であることは、絶対にかわらないし。今回は、そういうのを学びたいんだろうな、って自分を見てて思う。

正直、今の職場は羽振りがいいので、来年末の結婚式の為には、続けておきたい気持ちもあるんだよね。

じゃあ、今の仕事をしながらでも、勉強はできるんじゃないか?

そう思いついた瞬間、心身がとっても軽くなった。今までさんざん悩んだのにね。それで、きっとこれが答えなんだろう、って思った。

じゃあ、何を勉強しよう。アロマの勉強するくらいなら、レインドロップやヤングリビングのオイルを学びたい。それじゃあ、勉強できる場所は・・・・と、さくさくと調べてみた結果、どこもかしこもしっくりこなかった。それはきっと、今はその時期じゃないのかもしれないってこと。やりたい気持ちはあるけど、正直、今は具体味を帯びない。

じゃあ・・・と、考えた結果。
某4月25日にお世話になった人のところで、いいものを発見。

そう、今は自分を癒す時期だったんだ!!

と、原点にかえったわけです。そう、本当にいいものを発見した。つまりその為には、貯金をしなければならないわけですが、今の仕事をまだ続けるという条件が復活すれば、どうにかいきそうですね。


今日いちにちは、大きなジャンプポイントだと言われていますが、わたしにとっても、かなり大きなジャンプとなったわけです。とっても清々しい!

めでたしめでたし。
これから夕飯を作ります。
人は、心の内側にある、闇や、必死な部分見つめた時に、そのジャッジばかりする。

けれど、闇を見つめた自分の勇気や美を讃える能力の方が、いかに大切か、ってこと。

自分の闇を受け入れる、っていうのは、そういうことらしいよ。

それができたなら、その闇っていうのは、その勇気でもって光に変わるらしい。

自分自身を許し、尊敬し、ネガティブではないポジティブに捉えた時、

自分自身のハートで感じたことを信頼する時、


自分自身に対する癒しが広がる。

自分が癒されていないと、誰も幸せになんてできないっていうように、


まぁ、そんなあたりかしらね。


コントロールしようとせず、感じる。
正そうとか、直そうとか、抵抗しようとか、辻褄合わせをしようとかせず、感じる。



昨日のことです。
都内のおばあちゃんのお見舞いに行くのに、私の両親が私の家まで迎えに来て、送りもしてくれました。勿論、彼はソワソワしています。まだ会っていないから、会いたいのだそうで。そりゃ、私だってそうだよ。うん。


おばあちゃんの体調のことでナーバスになっているだろう親の様子を見る為、迎えに来てくれた時はおとなしくしていたのですが、どうやら大丈夫そうだったので、送りの最中、家に着くちょっと前、パーキングエリアで停車した車の中、私はそれを言おうと思いました。しかしやはり躊躇。トイレに立った母親が帰ってくる前に、なんとか父親に先に言おうと奮闘。父の方が怖くないから(笑)

その時。
ひらひらと、白い鳩の羽のようなものが、窓の外を舞ってゆきました。
時々あるんです。
一番最初に見た時は白いホコリだと思い込んだのですが、手にとれば、明らかに羽。度々舞うそれは、しかも屋内で、ダウンジャケットもない部屋に現れる。

それは、例の4/25以降、私の目の前に現れます。

私の尊敬する人に相談したら、天使なのかもしれないね、と。
私はクリスチャンではなく、どちらかといえば日本の八百万の神の御姿なら見える時があるのかもしれないなぁ、と、神話好きが高じて思っていたので、まさか本当に天使がいるとは思っていなくて。

最近は、本当にいるんだろうなぁ、と思っています。


そう、窓の外に見えた時に、これは祝福だ、って思ったんです。


(=´∀`)人(´∀`=)


それがあったおかげで、全く緊張することもなく、むしろ、親と彼を会わせることに喜びの方が大きく、満面の笑みで事を運びました。なんだか嬉しくて嬉しくて。

自分の親と彼が会ってくれることが。

きっと、何事も、こうやって喜びとともに在れば、光が満ちてゆくのでしょうね。


実際に、我が家に両親を招いて、お話をしたのは、10分足らずでしたが、なごやかなムードで談笑することができました。一切険悪にはならず、本当になごやかに。彼といえば、背中のシャツが絞れるくらい汗をかいていましたが(笑)よくかんばりました!と、ねぎらいまくりました。

いつも不遜な態度で、偉そうで、お調子者の彼が、あんなに緊張して声までひっくりかえっている姿を見るのは、出会って初めてのことです。なんだか、嬉しいなぁ、って思いました。幸せものだなぁ、って。ありがとう、って。



さて。

両親と彼が会ったという話を、とある友人にしました。そうしたら、結婚も親孝行だからねぇ、なんて言葉が出て来ました。

ほう。(��㍻�����ぢ。
まぁ、そりゃそうやなぁ。
結婚も親孝行やけん、そこも感動するもんやなぁ。

と内心皮肉と抵抗でいっぱいになりまして、やきもきやもき致しました。

私の両親は、つねに喧嘩していたので、親イコール私に危害を加えるもの、っていう考えがあります。母も父方祖父といがみあっていたので、果たして、家族が仲良くするとか、感謝するとか、わからないのです。この年にもなって、ちょっと残念だし、自分のことも寂しさを埋められず可哀想だなぁ、って思います。ガキだなぁて。とある人に相談したら、「普通に仲良くする」っていうのは、無理だよって言われました。それを聞いて私は心底ほっとしたんですね。本当に、ああ、よかった、って思った。仲良くなれるよ、これから時間はたっぷりあるよ、とか、そんな言葉がどれだけ私を苦しめてきたか。


それで、湧いた抵抗心。

結婚も親孝行。

という言葉。
抵抗していると気づけただけでも、十分がんばった。きっと、そういう時期がやってきて、それに向き合う準備ができたのだから。そこまでがんばったね自分!


これについては、焦らずに、コントロールしようとせず、感じる。
正そうとか、直そうとか、抵抗しようとか、辻褄合わせをしようとかせず、感じる。

ということが、今は良いみたいだから、そうしてみようと思う。今月は変容の月で、つまり、それがいいみたい。


抵抗はしない。
でも、良くしようと頑張ろうともしない。
今日はみっつの惑星が直列し、部分月食が見える、満月の日。

エネルギーが増幅される日。
リラックスして、ポジティブに行くのがいいね。

そして浄化だね。


変化を手にするには、流れに抵抗ぜず受け入れて、古いものはどんどん手放す。今月はそれに適した月ね。よく深呼吸をするのがよい。



昨日は突如、両親と彼を軽く会わせてきました。そういう時期なのかもしれませんね。


何かに抵抗する時、うまくいかない時は、そこには原因が必ずある。静観するのか、受け入れるのか。
軌道を、ずっと、ずっと探していたのだと思います。

時々、波の上に出てくるその正体の姿を、ただ、上に出てきた一部だけ見つめてた。そう、見つめてただけ。

それがなんなのか、ということすら、私は考えることもしなかった。

けど、何度かその一部を見るたびに、少しずつ、少しずつ、思い出してきた。

それは、

思い出すもの

だったのかもしれない。と。



それに気づけば、あとは簡単だった。

その波のキツさに、心底疲れ果てていて、もう投げ出したいとおもったこともあったけれど、時折見えるその何かの一部は、私の本来の目的を思いださせるには十分だった。


少しずつ、少しずつ、
全貌が見えはじめる。


その行為は、大して大変なことではなかった。ただし、覚悟は必要だった。この波に乗るのですね?と。聞かれた時に答える覚悟。

だって、今までの考え方のパターンとは、サヨナラする必要があったのだから。そして、次の情報をダウンロードするの。それの真実を知り、身につける。

これは、その大イベントそのもの。




そう、私は、ずっと、ずっと、軌道を探していた。そして、やっと、私はその軌道の上に、既に乗っていることに気づいた。実はうまれるずっとずっと前から乗っていて、ただ加速しただけに過ぎないのかもしれない。




最近は、頭で考えずに、心で知るという方法を身につけました。心から湧き上がった情報は、喉のチャクラを通って頭の中に浮かびます。それに従えば、実にスムーズにいくということ。そして、もっと守護する存在にお願いをして良いってこと。

なにもかも、全ては、いつでも最善だって、知ること。

恐れや心配、強制的な罪悪感などではなく、心がワクワクすることにのれば、それは最善に導かれるってこと。

なんの心配もない。



そして、今この瞬間も、次々と新しい瞬間へと変わるから、手放し、進む。

変化は恐る必要はない。



なんてことを考えた。最近。
仕事のことも決心ついたし。
今月は、大きくいろんなことが変化するよ。