日本が国際連盟を脱退したのは、1933年3月のことです。これは単なる外交的な一手ではなく、当時の国際情勢や日本の内政、軍事的な動きが複雑に絡み合った結果でした。
◎ 日本の国際連盟脱退の背景
・満州事変(1931年) 日本の関東軍が中国・満州で軍事行動を起こし、満洲国を建国。これが国際社会から問題視されました。
・リットン調査団の派遣(1932年) 国際連盟は事態を調査するため、イギリス人リットン卿を団長とする調査団を派遣。報告書では日本の行動を批判し、満洲国の承認を否定しました。
・国際連盟総会での決議(1933年2月) 日本に満州からの撤退を勧告する決議が採択され、賛成42、反対1(日本)という圧倒的多数で可決されました。
・松岡洋右の退場と脱退通告 日本代表の松岡洋右は抗議の意を示して議場を退場し、同年3月27日に正式に脱退を通告しました。
◎ 脱退の影響
・国際的孤立の始まり 日本は国際協調よりも国益を優先する姿勢を強め、以後の外交方針に大きな影響を与えました。
・国内の反応 多くの新聞社が連名で国際連盟の対応を批判し、松岡洋右は帰国後に熱烈な歓迎を受けました。
・軍縮条約の失効と軍備拡張 翌年にはワシントン・ロンドン両海軍条約も失効し、日本は軍事力の増強へと舵を切っていきます。
この脱退は、第二次世界大戦へと向かう日本の道筋を象徴する出来事でもありました。
https://youtu.be/W8PMGfioOuM
