総力戦研究所 | 難波のslowhandが物申す!

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総力戦研究所(そうりょくせんけんきゅうじょ)は、1940年(昭和15年)に第2次近衛内閣内閣総理大臣直轄の教育・研究機関として設立された、大日本帝国の国家戦略機関です。目的は、国家総力戦に向けた調査研究と若手エリートの育成でした。

概要と目的

設立:1940年9月30日、勅令第648号により設立

所管:内閣総理大臣直轄

目的:国家総力戦に関する調査・研究

官僚・軍人・民間から選抜された若手エリートへの教育と訓練

初代所長:星野直樹

研究生:文官・武官・民間人などが参加(例:第1期は35名)

机上演習と「日本必敗」予測

1941年7月、日米開戦を想定した第1回総力戦机上演習が行われました。研究生たちは、イギリスのロイズデータを基本とし模擬内閣を組織し、軍事・外交・経済の各分野から戦争の展開をシミュレーション。その結果は衝撃的でした:「緒戦の勝利は見込めるが、長期戦は必至。日本の国力では耐えられず、敗北は避けられない」この予測は、実際の太平洋戦争の展開とほぼ一致しており、原爆の登場以外は想定通りだったとされています。

実態は「大学院大学」的な教育機関

欧州の帝国国防大学を参考に設立

文官・武官が自由に議論できる場

戦後は多くの研究生が政官界で活躍

現代の描写

NHKのドラマ『虎に翼』や『NHKスペシャル シミュレーション 昭和16年夏の敗戦』などで、総力戦研究所の活動と葛藤が描かれています。若き研究員たちが「日本の敗戦を予測しながら何もできなかった」という罪の意識に苦しむ姿が印象的です。興味深いのは、戦争の勝敗を冷静に予測できた知性が、政治の意思決定に反映されなかったこと。このギャップが、戦争の悲劇をより深く物語っています。