心の奥深くに光を灯し本来の自分に還る

正しさや普通に合わせてきた結果、
自分が何を感じているのか
わからなくなっていませんか。
このブログでは、自分の感覚を
無視してきた生き方から
「私はどうしたいか」を思い出し、
自分の内側を信頼して
生き直すための
ヒントを綴っています。
安心して休めていますか。
常に何か考えていませんか。
周りを気にしすぎていませんか。
無意識に力が入っていませんか。
ちゃんとしなきゃ”が消えないのでは。。。


身体と心とエネルギー
身体と感情を知る
スピリチュアルの世界では、
「浄化」
という言葉をよく聞きます。
でも、
実際には何が起きているのか、
よくわからないまま
使われていることも
多いのかもしれません。
私自身、
最初は
“悪いものを消してきれいな状態になる”
というイメージを持っていました。
でも、
自分をヒーリングして
わかったことは
エネルギーが整い、
結果、その整ったエネルギーに
見合ったというか、
自分に合わない環境を
選ばなくなっていたということ
ずっと我慢してきた感情。
感じないようにしていた苦しさ。
押し込めていた悲しみ。
見ないようにしていた本音。
ずっと頑張っていた人ほど、
安心した瞬間に
一気に疲れが出ることがあります
学校を卒業して
最初に働いていた職場では、
苦しい。
体調もずっと優れない。
もう限界かもしれない。
そう感じていても、
12年以上勤めていたし、
辞めた後どうしたらいいのか
わからなかった。
次を決められない、
不安の方が大きかった。
だから、苦しくても
同じ場所に居続けるしかなかったんです。
“変わるだけの安心がなかった”
のかもしれません。
長い間我慢して
苦しんでいたからか、
仕事を辞めたとき、
1ヶ月位毎日ほとんど寝ていました

ひたすら眠くて。
安心できる状態になったからなのか。
これもひとつの
浄化だったんだと思います
そして私の場合、
数年前、
仕事で働きすぎて体調を崩し、
休まざるを得なくなったんです
当時の私はまだ
苦しくても
それまでの自分を
やめることができませんでした

文句を言いながらも、
毎日長時間働き続けていたんです。
そして、
長期間のハードスケジュールが
終わったところで
少し緩んだのか、
身体が先にストップをかけました。
そしてしばらく
働けない状態になりました


それまで
溜め込み続けていた
ストレスというエネルギーが、
一気に表へ出た瞬間だった
のかもしれません
そして、
私は休んでいる時に
ヒーリングと出会いました
最初は、
どう変わるのか
よくわからなかった

(ただ自分に必要だ!と思っただけ
)
でも、
以前は次のステップのためにと
頑張る環境を選んでいたけど、
今の自分に合った環境でいい。
と優しい選択が
できるようになりました
もちろん、
その中でも良い時悪い時
両方あります。
それでも以前より、
確実に
“自分を削る場所”
ではありませんでした。
浄化とは、
“なかったことになっていたものが
動き始めること”
なのかもしれない
今まで
感じないようにしていた感情が、
あとから溢れてくることもある。
身体が眠りを求めることもある。
それは弱くなったのではなく、
ずっと無理をしていた身体が、
やっと緩み始めたということなのかも。
そして自分が
何を本当に感じているのかがわかった時、
それは止まっていたエネルギーが
動き始めるサイン
浄化というのは、
“綺麗な自分になること”
ではなく、
本来の自分を隠していたものが、
少しずつ外れていく過程。
だから時には、
不安定になることもあります。
何もわからなくなる時期もある。
孤独を感じることもある。
でもその奥では、
身体も感情も、
少しずつ「本来の流れ」に
戻ろうとしているのかもしれません
そして
“止まっていたものが流れ始めること”。
それは、
本当の自分へ戻っていくこと
でもあるのだと思います。
今が低いエネルギー状態なのであれば、
そこより上がる方へ
そして
エネルギーが整うというのは、
特別な力を持つことではなく、
“自分に合わないものを、
ちゃんと感じられるようになること”
なのかもしれません


正しさや普通に合わせてきた結果、
自分が何を感じているのか
わからなくなっていませんか。
このブログでは、自分の感覚を
無視してきた生き方から
「私はどうしたいか」を思い出し、
自分の内側を信頼して
生き直すための
ヒントを綴っています。
安心して休めていますか。
常に何か考えていませんか。
周りを気にしすぎていませんか。
無意識に力が入っていませんか。
ちゃんとしなきゃ”が消えないのでは。。。


身体と心とエネルギー
身体と感情を知る
特別なことをしたわけじゃないのに、
なぜかすごく疲れる。
人と会った後、
どっと消耗している。
ずっと眠い。
休んでも回復しない。
そんな
“理由のわからない疲れ”を
感じることはないでしょうか。
その疲れは、
周りの空気に敏感だからかも。。
敏感な人は、
無意識に
たくさんのものを感じ取っています
場の空気。
人の感情。
相手の機嫌。
言葉になっていない緊張感。
周囲のエネルギー。
そしてそれを、
頭ではなく
身体で受け取っていることがあります
だから、
ただその場にいるだけで疲れる。
人混みで消耗する。
気を遣う相手といると、
帰宅後に動けなくなる。
でも本人は、
「これくらい普通」
と思っていることも多いんです。
なぜなら、
ずっとそうやって生きてきたから

周りを察知して。
空気を読んで。
気を張って。
無意識に緊張し続けている
身体が常に、
“警戒モード”
になっているんです
本来、
人の身体は安心すると、
力が抜けます。
呼吸も深くなる。
神経も落ち着く。
でも、
安心できない状態が長く続くと、
身体はずっと頑張り続けてしまう
だから、
何もしていなくても疲れるんです
さらに敏感な人ほど、
自分の感情と、
周りの感情の区別が
曖昧になることがあります。
相手の不安を、
自分の不安のように感じる。
相手の怒りに飲まれる。
周囲の重たい空気を抱えてしまう。
すると、
“自分ではないもの”
まで背負ってしまうことがある。
そして
ずっと気を張ってしまう。
無意識に。
だから、
本当に必要だったのは、
もっと頑張ることではなく、
安心して力を抜けること。
自分へ戻ること。
静かな時間を持つこと。
身体を休ませること。
敏感な人ほど、
“外側”へ意識が向き続けています。
人と関わらずに過ごすことは
難しいです。
だからこそ、
意識的に
自分へ戻ってくる時間が
必要なのかもしれません

例えば
すぐにできることは
呼吸に意識を向けること
目を閉じて
鼻から入る空気を感じて
膨らむ体。
そして口から息をゆっくりはいて。
それを繰り返す。
数回だけでもやってみると
静かな自分だけの時間を
感じれると思います

「なんか疲れる」
その感覚は、
身体からの
大切なサインなのだと思います

正しさや普通に合わせてきた結果、
自分が何を感じているのか
わからなくなっていませんか。
このブログでは、自分の感覚を
無視してきた生き方から
「私はどうしたいか」を思い出し、
自分の内側を信頼して
生き直すための
ヒントを綴っています。
安心して休めていますか。
常に何か考えていませんか。
周りを気にしすぎていませんか。
無意識に力が入っていませんか。
ちゃんとしなきゃ”が消えないのでは。。。


身体と心とエネルギー
身体と感情を知る
「頼まれると断れない」
「相手を優先しすぎてしまう」
「気づくといつも疲れている」
そんな人は、
“境界線”が
曖昧になっているのかもしれません
境界線というのは、
「ここからは自分、ここからは相手」
という感覚のことです。
でも、
敏感な人ほど、
相手の感情や空気を
強く感じ取るため、
その境界線が
薄くなりやすいことがあります
相手が悲しいと、
自分まで苦しくなる
相手が不機嫌だと、
気をつかってしまう
本当は嫌なのに、
断ると悪い気がする
気づけば、
“自分の気持ち”より、
“相手がどう思うか”
を優先している。
でもそれは、
わがままではなく、
そうせざるを得なかった
経験があったのかもしれません。
怒られないように。
嫌われないように。
空気を悪くしないように。
周りを優先することで、
安心を保とうとしてきた
だから、
「自分を優先する」
ということに、
強い不安を感じる人もいます
休むことに罪悪感がある。
断るのが怖い。
頼られると無理してしまう。
“いい人”でいようとしてしまう。
でも、
境界線が曖昧な状態が続くと、
少しずつ
自分がわからなくなっていきます
何が好きなのか。
何が嫌なのか。
本当はどうしたいのか。
周りを感じすぎることで、
“自分の感覚”が
後回しになってしまうからです。
私も昔、
人の感情を
背負いやすいところがありました。
相手のために
自分が何とかしなきゃと
思ってしまう。
期待に応えようとして、
無理をしてしまう。
でも、
どれだけ頑張っても、
気づけば
最後は自分が苦しくなっていました
そこで少しずつ気づいたんです。
優しさと、
“自分を犠牲にすること”は違うんだと。
今まで私は
周りの状況を見て
それに合わせて
全力で頑張ることが一番だと
思っていました。
でもそれも
最初はよくても
段々と苦しくなり
自分を消耗するだけだった
頑張って
自らそうゆうポジションというか
そういう状況、環境の世界に
していたのだと思います
その時のエネルギーといったら
もちろん
なので身体に支障が出てきます。
私は自分を守る方法が
なにか必要だと思って
レイキをやる事にしました

エネルギーワークなんて初めてで
何もわからなかったけど、
とりあえず
教えてもらった通りに
そして
過労で体調を崩して休職していたけど、
次に働く事になった職場は
落ち着いて働けるところでした

(ちなみに私は色々引き寄せが増えました

)
そして
忙しい時は
時々周りに
飲み込まれることもあったけど、
それも徐々に少なくなり、
一歩引いて自分の行動を
何より視点が変わったと
感じています

探してみよう境界線。。
焦らないで
落ち着いて
少し離れた視点で。
自分と周りを
捉えることができるようになると、
私はこれで良いんだと
自分の位置を決めることができます
本当に大切なのは、
相手を感じることだけではなく、
自分の感覚も大切にすること

嫌な時は嫌。
疲れた時は休む。
無理な時は断る。
その感覚を
取り戻していくことが、
境界線を育てていくこと
なのかもしれません
境界線は、
誰かを拒絶するためのものではなく、
“自分を守りながら、人と関わるためのもの”
なのだと思います
自分の気持ちに
正直な行動ができるようになると
いいですね

少しずつ行動が変われば、
その先に
新しい気づきがあります

正しさや普通に合わせてきた結果、
自分が何を感じているのか
わからなくなっていませんか。
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無視してきた生き方から
「私はどうしたいか」を思い出し、
自分の内側を信頼して
生き直すための
ヒントを綴っています。
安心して休めていますか。
常に何か考えていませんか。
周りを気にしすぎていませんか。
無意識に力が入っていませんか。
ちゃんとしなきゃ”が消えないのでは。。。


身体と心とエネルギー
身体と感情を知る
「人が多い場所へ行くと、どっと疲れる」
「相手が怒っていると、自分まで苦しくなる」
「場の空気に飲まれてしまう」
そんな感覚を持っている人がいます

周りからは、
「考えすぎ」
「気にしすぎ」
と言われることもあるかもしれません。
でも実際には、
“感じ取ってしまう人”
というのは確かに存在します。
相手の表情。
声のトーン。
言葉になっていない空気。
その場の緊張感。
感情の揺れ。
敏感な人は、
そういったものを
無意識に受け取っています。
だから、
周りに合わせすぎて疲れたり、
一人になると
急にホッとしたりする。
人の機嫌が気になったり、
その場を
何とか平常に保とうと
気をつかったり

でもそれは、
弱いからではありません
むしろ、
周囲を察知する力が
強かったとも言えます。
特に、
安心できない環境で育った人ほど、
“周りを読む力”
が強くなることがあります。
怒られないように。
嫌われないように。
空気を悪くしないように。
危険を避けるために、
無意識に
周囲を感じ取るようになるんです。
だから敏感な人は、
常にどこか緊張しています。
自分の感情よりも、
まず周りを感じてしまうから。
私は子供の頃
キレやすい父の存在が苦手で
話し声が聞こえると
怒っているんじゃないかと
耳を研ぎ澄まして
じっと固まっていました。
ただ話しているだけなのに、
声が聞こえると
全部怒りに聞こえて、
自分に対して怒っていると
思っていました。
それは
大人になっても変わらず
常に敏感に過ごしていました。
今では父も歳をとって
昔より丸くなっているし、
私も
今は怒りモードではない
と冷静に判断します
だけど
身に染み付いているので
今でも時々
耳をそばだててしまうのですが
本当は疲れていても、
相手を優先してしまう。
嫌でも断れない。
一人になって初めて、
「しんどかったんだ」
と気づくこともあります。
私自身も、
人の感情に
引っ張られやすいところがあります。
誰かが不機嫌だと落ち着かない。
空気が悪いと苦しくなる。
相手が無理していると、
自分まで疲れてしまう。
でも後から思うと、
それは“感受性”
だったのかもしれません。
ただ、
敏感さは悪いものではありません。
問題なのは、
“自分より周りを優先し続けること”
です。
周りばかり感じていると、
自分の感覚が
わからなくなっていきます。
本当はどうしたいのか。
何が嫌なのか。
何を感じているのか。
それが見えなくなってしまう

だから敏感な人ほど、
「自分へ戻る時間」
が必要なのかもしれません。
静かな時間。
一人になれる時間。
身体をゆるめる時間。
外側ではなく、
自分の感覚を感じ直す時間。
敏感さは、
弱さではなく感受性。
そしてその感受性は、
本来は
“自分を苦しめるため”
ではなく、
深く感じて生きるための
力なのかもしれません


正しさや普通に合わせてきた結果、
自分が何を感じているのか
わからなくなっていませんか。
このブログでは、自分の感覚を
無視してきた生き方から
「私はどうしたいか」を思い出し、
自分の内側を信頼して
生き直すための
ヒントを綴っています。
安心して休めていますか。
常に何か考えていませんか。
周りを気にしすぎていませんか。
無意識に力が入っていませんか。
ちゃんとしなきゃ”が消えないのでは。。。


身体と心とエネルギー
身体と感情を知る
「頭では大丈夫だと思っているのに、
なぜか苦しい」
そんな感覚になったことはないでしょうか。
ちゃんと働いている。
周りとも問題はない。
やるべきこともやっている。
なのに、
身体だけがずっと疲れている。
朝から重たい。
気力が出ない。
その場所へ行こうとすると苦しくなる。
理由は説明できないのに、“何か違う気がする”。
でも私たちは、
身体の感覚よりも、
頭の中の
「こうあるべき」を
優先してしまうことがあります。
「まだ頑張れる」
「気のせいかもしれない」
「みんなも我慢してる」
そうやって、
身体からのサインを
後回しにしてしまう
私もずっと、
身体の感覚を無視していました
疲れていても動く。
嫌でも笑う。
苦しくても続ける。
“ちゃんとすること”の方が大事だったから。
毎日同じように過ごさなくてはと。
でも、
本当は身体は
ずっと教えてくれていました。
合わない場所にいる時の息苦しさ。
無理をしている時の肩の重さ。
我慢している時のお腹の硬さ。
安心できない時の緊張感。
身体は、
言葉になる前の
「本音」を知っています。
頭では納得しようとしていても、
身体は誤魔化せない

時々、
ふとした時に
理由のわからない
違和感として現れることがあります。
「なんか嫌だ」
「なんか疲れる」
「なんか苦しい」
その“なんか”は、
実はとても
大切な感覚なのかもしれません
その時の環境に
とりわけ不満がないと思っていても。
私たちは、
ずっと頭で生きていると、
身体感覚が
わからなくなっていきます。
でも、
身体とのつながりを
取り戻していくと、
少しずつ
自分の本音が見えてきます。
本当は無理していた。
本当は怖かった。
本当は嫌だった。
本当は寂しかった。
身体は、
ずっと前から知っていた。
そして、
身体の声を聞き始めると、
人生の選び方も
少しずつ変わっていきます。
“正しいかどうか”ではなく、
“自分がどう感じているか”
を大切にできるようになるからです。
身体は、
壊すために
サインを出しているのではなく、
本来の自分へ戻るために
教えてくれているのだと思います

正しさや普通に合わせてきた結果、
自分が何を感じているのか
わからなくなっていませんか。
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無視してきた生き方から
「私はどうしたいか」を思い出し、
自分の内側を信頼して
生き直すための
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常に何か考えていませんか。
周りを気にしすぎていませんか。
無意識に力が入っていませんか。
ちゃんとしなきゃ”が消えないのでは。。。


身体と心とエネルギー
身体と感情を知る
「もう気にしてないと思ってたのに」
「終わったことだと思っていたのに」
そんな出来事が、
ふとした瞬間に
苦しくなることがあります。
人は頭では
忘れたつもりでも、
身体は
覚えていることがあります。
悲しかったこと。
怖かったこと。
我慢してきたこと。
本当は嫌だったこと。
言えなかった言葉。
飲み込んできた感情。
それらは、
“なかったこと”にはならず、
身体の中に
少しずつ残っていきます。
例えば、
ずっと我慢してきた人は、
無意識に
身体へ力が
入りやすくなります
本音を言えなかった人は、
喉が詰まるような感覚を
持つことがあります
安心できなかった人は、
呼吸が
浅くなっていることもある
でも本人は、
それが普通になっているから
気づけない


むしろ、
「自分は平気」
だと思っていることも多いんです

私もずっと、
感情を感じることが苦手でした。
というより、
感じないようにしていたんだ
と思います

嫌なことがあっても、
「気にしすぎかな」
と流したり
「耐えるしかない」
と押さえ込んだり。
苦しくても、
「もっと大変な人がいるし」
と我慢して

本当は疲れているのに
「ちゃんとしなきゃ」
と動き続けていました
でも身体は、
ちゃんとサインを出していたんです

疲れやすい。
眠れない。
呼吸が浅い。
胃が重い。
肩がずっと固い。
理由もなく不安になる。
感情は、
感じ切れなかった時、
身体へ残っています
だから癒しというのは、
ただ前向きになることではなく、
“感じられなかったものを
感じ直していくこと”
なのかもしれません。
怒り。
悲しみ。
寂しさ。
怖さ。
本当は
ずっとそこにあった感情を、
少しずつ身体から見つけていく
すると、
今までわからなかった
「自分の本音」
が見えてくることがあります
身体は、
思っている以上に正直です
そして、
ずっと黙って耐えてきた身体ほど、
本当は
たくさんの感情を
抱えているのかもしれません

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「私はどうしたいか」を思い出し、
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無意識に力が入っていませんか。
ちゃんとしなきゃ”が消えないのでは。。。


身体と心とエネルギー
身体と感情を知る
「ちゃんとしなきゃ」
「気を抜いちゃダメ」
「迷惑をかけないようにしなきゃ」
そんなふうに、
ずっと気を張って
生きてきた人は
多いのかもしれません
私自身も、
いつもどこか緊張していました。
何か問題が起きないように
周りを見て、
嫌われないように
空気を読んで、
ちゃんとしていないと
いけない気がしていた
“安心している感覚”が、
よくわからなかったんです
休んでいても、
どこか気が休まらない。
ぼーっとしているだけで不安になる。
何もしていないと、
「これでいいのかな」
と落ち着かなくなる
日頃の忙しさから
身体がずっと、
「危険に備えている状態」
だったんです。
人は、
本当に安心している時、
身体の力が自然と抜けています
呼吸も深くなり、
周りを過剰に
警戒しなくなる
でも、
ずっと気を張って生きてきた人は、
身体が
“緊張が普通”
の状態になっています
だから、
休み方がわからない。
力の抜き方がわからない。
安心の感覚がわからない。
頭では
「もう大丈夫」
と思っていても、
身体はまだ
危険の中にいるように
反応してしまうんです
そして
その状態が続くと、
自分の感情も
わからなくなっていきます
本当は嫌なのに笑ってしまう。
疲れているのに頑張ってしまう。
苦しいのに「平気」と言ってしまう。
身体がずっと緊張していると、
“自分の本音”より、
“周りに合わせること”
が優先されるようになるからです
でも、
身体はずっと
サインを出しています
疲れやすさ。
呼吸の浅さ。
肩の力。
胃の重さ。
なんとなく感じる違和感。
それは弱さではなく、
今まで
頑張って生きてきた証
なのかもしれません。
このシリーズでは、
身体・感情・エネルギーの
つながりを通して、
「本当の自分」に
戻っていく過程を
書いていこうと思います
もし今、
ずっと力を抜けずにいるなら。
まずは、
「私はずっと緊張していたんだ」
と気づくことから
始まるのかもしれません
先日、
岐阜県の多治見市にある
こういった場所には
初めて伺ったのですが、
思っていたよりも広くて
教会も中に入ると大きくて
感動しました
教会の中は靴を脱いで
スリッパに履き替え
見学できます
ここは
日本の三大修道院のひとつで、
(他2箇所は札幌と長崎にあるみたいです。)
ドイツ人の神父さんが
昭和5年に建てて
もう直ぐ100年!!
中は撮影禁止だったので
撮っていませんが、
教会の中は
フレスコ画やステンドグラス、
パイプオルガンもあって
とても立派な教会でした
両脇にいくつかある副祭壇の
それぞれにお花が添えられていて、
それがとても丁寧な感じがして
大切にされてきた場所
なんだなと感じました
主祭壇は
綺麗な水色のドーム状で、
鳩から7つの光りが線となって
放射状に広がった絵が
描かれていました
その前に立って
綺麗だな〜って
見ていたら、
建物の中に誰もいなくなり
独りになったので
チャーンス
と思い、
イエス様に
話しかけてみました

とりあえず自己紹介してから
いろいろ思っている事を
小さな声で
ところで
教会ってすごく音が響く場所で、
小さな鼻歌も
反響する空間で
驚きました

誰もいなくなって
自分だけの空間で
イエス様に話していると、
ダイレクトに届いているような
直ぐそこで聞いてくれているような
でも
それがだんだん
自分と話しているかのような
不思議な感覚になりました

建物の裏には
マリア様の像があって
そこでも話しかけてきました
人も少なく
静かで落ち着く場所でした

そして
何か浄化されたような
癒されて
ホッとしたような
そんな気持ちになったのでした
そして
ここに来る2、3日前に
職場の方のお母様が
体調を崩されて
入院したと話してくれました。
もともと
病気だったそうなのですが、
病状が思わしくなかったようで、
入院することになってしまったと。
なので
そのこともここでお話しして
体調が落ち着くことを
そして
少しでも回復するようにと
パワーストーンにヒーリングをして
お渡ししました

私がヒーリングすることを
職場では話したことが無かったけど、
今回何かできればと
勇気を出してお話ししたら、
すんなり受け入れてくれて
その後、
体調が安定して
思ったより
祈りが届いていたのならいいな


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ヒントを綴っています。
ここまで、
感情や、
人との関係、
言葉、
感覚について書いてきました。
そして最後に戻ってくるのが、
「ちゃんと安心して生きられているか」
という感覚なのかなと思います
今回はこの場所について

私と世界
自分のエネルギー
体感とチャクラ
第一チャクラは、
足や、
地面とのつながり
そして、
「生きること」
そのものと関係している
と言われています。
安心感とか、
土台とか、
現実を生きる力とか。
そういうものに関係している場所
昔の私は、
仕事が本当に嫌だったのに、
なかなか辞めることが
できませんでした。
毎日しんどいし、
体調も悪くなっているのに、
「ここを辞めたらどうなるんだろう」
という不安のほうが強かった。
たぶん私は、
その仕事そのものが
好きだったわけじゃなくて、
“そこに居場所がある”
という感覚に、
しがみついていたんだと思います。
嫌なのに離れられない。
苦しいのに、
手放すのが怖い

そうやってずっと、
安心したくて
頑張っていた気がします
だから、
体もずっと力が入っていたし、
気づかないうちに、
「安心する」
とは逆な状況になっていました

安心できていない時って、
ちゃんと体に出ています。
呼吸が浅くなったり、
ずっと緊張していたり、
休んでいても
休まらなかったり
未来のことを考えて不安になったり、
「ちゃんとしなきゃ」
が止まらなかったり
頭では大丈夫なふりをしていても、
体のほうは、
ずっとサインを出している。
第一チャクラが
乱れている時って、
なんとなく
不安が強くなったり、
現実を生きることが
苦しくなったりすることもあります。
地に足がつかない感じ。
どこにいても落ち着かない感じ。
逆に、
整っている時って、
特別すごいことが
起きるというより、
「今ここ」
に少し安心している。
ちゃんと呼吸ができたり、
ご飯を美味しく感じられたり、
体を休めることができたり。
そういう、
すごく普通のことが、
ちゃんとできる状態
私は
レイキを知って、
スピリチュアルを学んで、
エネルギーを整えてきました。
スピリチュアルって、
現実から離れていて
ふわふわした話とか、
現実逃避みたいな
イメージがあるかと思います。
非日常的な

でも実際は逆で、
ちゃんと現実を生きるために、
自分の感覚や体を
見ていくことがすごく大事で、
それを整えることができる
ひとつの方法だと思います

どれだけ
感覚やエネルギーの話をしても、
ちゃんと眠れることとか、
安心してご飯を食べられることとか、
「ここにいても大丈夫」
と思えること。
まずはそこを
見ていくことのほうが大切
地に足をつけて、
ちゃんと「今」を生きること
それが、
本当は一番大事なのかもしれない
と思っています
第一チャクラって、
そういう、
生きる土台みたいな場所
なのかもしれません
ここまで書いてきた
チャクラも全部、
結局は、
「もっと自分を感じて、
もっと生きやすくなるため」
につながっている気がします。
だからまずは、
今、自分の体が
ちゃんと安心できているか。
そこを少し見てあげること。
一度自分と対話してみよう


正しさや普通に合わせてきた結果、
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「私はどうしたいか」を思い出し、
自分の内側を信頼して
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今回は
下腹部のあたりの第二チャクラ。
ここも
感情とつながっている場所だなと
思うことがあります。
今回はこの場所について

私と世界
自分のエネルギー
体感とチャクラ
嬉しいとか、
悲しいとか。
楽しいとか、
なんか嫌だなとか。
そういう感情って、
頭で考える前に、
体が先に反応していることも多い。
でも、
周りに合わせることが多かったり、
我慢することが
当たり前になっていると、
自分が本当はどう感じているのか、
わからなくなってくることがあります
本当は嫌だったのに、
「これくらい普通かな」
って流していたり。
疲れているのに、
まだ頑張れる気がしてしまったり
本当は寂しいのに、
平気なふりをしていたり
そうやって、
少しずつ感情を後回しにしていると、
だんだん、
「自分がどうしたいのか」
も感じにくくなっていく。
私自身も、
周りに合わせることが多かったので、
気づいたら、
好きか嫌いかよりも、
「ちゃんとやらなきゃ」
とか、
「迷惑かけないようにしなきゃ」
のほうを優先していました。
でも、
そういう状態が続くと、
心だけじゃなくて、
体のほうも、
どこか重たくなる

楽しいことをしていても、
ちゃんと楽しめなかったり。
好きなはずなのに、
感覚が動かなかったり。
逆に、
ふと流れた音楽に
急に涙が出ることもありました。
たぶんそれって、
ずっと抑えていた感情が、
やっと動き出した瞬間だった
のかもしれません
第二チャクラは、
感情とか、
心地よさとか、
「感じること」
と関係していると言われています。
女性性とも関係が深いと言われますが、
私は、
“ちゃんと感じることを許せるか”
という場所なのかな
と思っています

嬉しいなら嬉しい。
嫌なら嫌。
寂しいなら寂しい。
そういう感覚を、
良い悪いで判断する前に、
まずは
「私は今そう感じてるんだな」
って見てあげる
それだけでも、
少しずつ、
止まっていた感覚が
戻ってくることがあります。
第二チャクラが
乱れている時って、
感情がわからなくなったり、
何をしても
楽しく感じられなくなったり、
人との距離感が
極端になったりすることもある。
無理に誰かに合わせてしまったり、
逆に、
傷つきたくなくて、
感情そのものを
閉じてしまうこともある。
でも、
感情って、
なくすものじゃなくて、
ちゃんと感じてあげることで、
少しずつ流れていくもの
なのかもしれません。
感情を
後回しにしている状態が
長く続くと、
ただ疲れるだけじゃなくて、
「自分がどうしたいのか」
も、
わからなくなっていく
ことがあります。
何が好きなのか。
何をしたいのか。
本当はどうしたいのか。
考えてもよくわからない。
エネルギーが枯れてしまったみたいに、
何も感じられなくなることもある。
私も、
ずっと周りに合わせたり、
我慢を続けていた時は、
「やりたいことを探さなきゃ」
と思いながらも
何も動けない時期がありました。
でも今思うと、
“やりたいこと”
がないというより、
感じる力そのものが、
すごく弱っていたのかもしれません。
ここまで書いてきた
チャクラも全部そうだけど、
無理に変えようとするより、
まずは
「今どう感じているか」
に気づくこと
そこから少しずつ、
整っていくんだなと思います


