ラッシュ・ライフ/ジョー・ヘンダーソン | スロウ・ボートのジャズ日誌

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ジャズを聴き始めて早30年以上。これまで集めてきた作品に改めて耳を傾け、レビューを書いていきたいと考えています。1人のファンとして、作品の歴史的な価値や話題性よりも、どれだけ「聴き応えがあるか」にこだわっていきます。

 

日本時間の今月19日(金)にゾクッとするニュースがありました。

「イスラエルがイランを攻撃した」というもので、

イラン中部のイスファハン州の北部にある空軍基地の近くで

爆発音があったと伝えられました。

 

なぜ「ゾクッとした」かと言うと、イスファハン州には核施設があるからです。

アメリカ政府当局者の話で攻撃の対象となったのが核関連施設ではないと伝わったことや、

その後の攻撃の拡大がなかったことから事態はいったん沈静化しています。

しかし、核兵器を持っているイスラエルと核開発を進めているイランが衝突すれば

世界全体の安全が脅かされるだけに、一時はどうなることかと思いました。

 

宗教を厳格に解釈する「イスラム体制」のイランは

イスラエルを「聖地エルサレムを奪ったイスラムの敵」と位置付けています。

長らく対立を続けてきた両国ですが、今回の衝突に至るきっかけは

イスラエルが4月1日にシリアにあるイラン大使館を攻撃したことがきっかけでした。

外交施設が攻撃されるという異常事態を受けて

イランもイスラエルに13日~14日にかけて無人機やミサイルを発射する

大規模攻撃を行っています。

 

一見、「どっちもどっち」な感じもしますが、

イスラエルがガザで行っている非人道的な攻撃への非難をそらすために

混乱を仕掛けたという専門家の見方も伝えられており、

イスラエルの「厄介さ」が浮かび上がっています。

 

イランでの緊張感を想像し、この曲も違って聴こえてくるかも・・・と思ったのが

ジョー・ヘンダーソン(ts)の「ラッシュ・ライフ」に収録されている

「イスファハン」です。

 

曲名は攻撃を受けたイランの「イスファハン」という地名にちなんでいます。

作曲したのはビリー・ストレイホーンとデューク・エリントン。

ストレイホーンがエリントン楽団のワールド・ツアーで

イランを訪れる数か月前に作ったとされています。

 

この曲には様々なバージョンがありますが、

どれもゆったりとした時の流れと、穏やかな異国情緒を感じさせてくれます。

ジョー・ヘンダーソンはベースとのデュオという極めてシンプルな編成を選び、

テナーサックスの音色を最大限に生かして曲の持つ情感を描き出しています。

 

平和な曲想と実際の現地の暮らしが早く合致することを祈って

耳を傾けてみましょう。

 

1991年9月3,6,8日、ニュージャージーのルディ・ヴァン・ゲルダー・スタジオでの録音。

サイドメンも素晴らしく、アルバム全体でストレイホーンの曲を取り上げています。

 

Joe Henderson(ts)

Wynton Marsalis(tp)

Stephen Scott(p)

Christian McBride(b)

Gregory Hutchinson(ds)

 

①Isfahan

のっけからテーマがヘンダーソンのテナーで提示されます。

「クセが強い」印象があるヘンダーソンとしては意外なのですが、

力がいい意味で抜けていて、滑らかな響きのある音色。

一瞬、アルトサックスに持ち替えているのではと思ってしまったほどで、

ゆっくりと、中東の街で昼下がりの散歩をしているかのような気分を味わえます。

テナーのソロに入ると、クリスチャン・マクブライドの力強いベースのペースが上がり、

スローなサイクリングをしているぐらいの感覚になります。

ヘンダーソンは変わらず穏やかさのある音色ですが、

展開には予想不能なところが多々あり、朗々とブローするかと思えば

パッセージが続く中でいつしか目的地とは全く違う場所に連れていかれるような

「脱線」気味なところもあります。

この「つかみどころのなさ」がヘンダーソンらしいと言えるでしょう。

続いてソロを取るクリスチャン・マクブライドは音の太さと

多弁になり過ぎずにスイング感を保つところがさすがです。

これを受けてヘンダーソンが気持ちよさそうに再びテーマを吹き、

4分45秒あたりで歌い上げてしまうところは

このセッションの楽しさを窺わせます。

「イスファハン」が平和であり続けますように・・・

 

⑦Take The A Train

こちらはドラムのグレゴリー・ハッチンソンとのデュオ。

実はアルバムを通してハッチンソンの活躍が非常に素晴らしく、

この人の力量を再発見した次第です。

最初、ブラシでSLの蒸気を彷彿させるところは

現代版のマックス・ローチと言ったところ。

このブラシがスムーズなのに非常にスピードがあり、

ものすごい「煽り」を感じるのは私だけではないでしょう。

ヘンダーソンがテーマを吹き終わるとハッチンソンはスティックに持ち替え

これまたすごいエネルギーで迫ってきます。

「暴風」を受けたヘンダーソンは次第にクセのある「ウネウネ・フレーズ」で

ダークさのある独特なソロを吹いていきます。

もはやこれはSL列車というより謎の乗り物・・・。

続くハッチンソンのソロはスティックの強打からブラシに代わり、

柔らかい響きのはずのブラシがバシバシと迫って来る様は圧巻。

とにかく2人の濃密な対話を楽しんでください

(フェードアウトはやめて欲しかった・・・・)。

 

このほか、クインテットでマルサリスの快演が聴ける②Johnny Come Lately や、

⑥A Flower Is A Lovesome thing でのヘンダーソンの繊細なバラッド表現も

良いです。

 

アメリカ議会下院は20日、イスラエルを支援する緊急予算の採決を行いました。

予算額は日本円にして4兆円余りという巨額なもので、

イスラエルの防空システムの補充や弾薬の製造能力の強化といった軍事支援、

それに人道支援などに充てられるということです。

 

中東という地域においてイスラエルが周辺国と比べて圧倒的な力を持ち、

ますます「力の差」を広げている。

これがかえって事態を深刻なものにしないか心配です。

少なくとも欧米ほどこの問題に当事者としてコミットしていない日本は

イスラエルと距離を置いて非人道的な措置には「ノー」と言うべきです。