モーションズ&エモーションズ/オスカー・ピーターソン | スロウ・ボートのジャズ日誌

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ジャズを聴き始めて早30年以上。これまで集めてきた作品に改めて耳を傾け、レビューを書いていきたいと考えています。1人のファンとして、作品の歴史的な価値や話題性よりも、どれだけ「聴き応えがあるか」にこだわっていきます。

 

札幌市の冬のオリンピック開催がなくなりましたね。

 

11月29日、IOC=国際オリンピック委員会の理事会が開かれ、

冬のオリンピック・パラリンピックの候補地については

2030年をフランスのアルプス地域、2034年はアメリカのソルトレークシティーに

それぞれ一本化することを決めました。

この結果、両大会の招致を目指してきた札幌市が選ばれる可能性はなくなったのです。

 

正直、東京オリンピックの負の遺産が大き過ぎました。

汚職や談合についてはいまだに決着がついていませんし、

費用も後世にツケが残されているだけです。

大会期間中に新型コロナウイルスの感染が広がり、

人命が危うくなったこと(そして、政府の対応が後手後手だったこと)

も忘れてはいけないでしょう。

 

最近、万博の準備の遅れがひどいことが報じられていますが、

こうした大規模事業で開発を進めようという発想が時代遅れです。

いま札幌に住んでいる私は、都市インフラが相当傷んでいることを痛感します。

1972年の札幌オリンピックをきっかけに整備された地下鉄は

駅が古くなり、水漏れしている箇所をカバーするビニールをよく見かけます。

もはや新しい開発よりも都市インフラの維持にこそ

コストをかけなくてはいけない時代のはず。

資源を大切する必要がある時代にも合っているでしょう。

 

本来であればIOCに振られる前に、

札幌から招致を取り下げてもいいぐらいの状況でした。

東京五輪の汚職や談合を招いた背景にIOCの体質もあったはずで、

「こんなイベントはもうたくさん」と札幌が言っても良かったのです。

 

「こっちから振ってやる!」ーそんな意味合いの歌詞がある曲を思い出しました。

ジミー・ウェッブが作詞・作曲した「By the Time I Get To Phoenix」、

「恋はフェニックス」という時代を感じさせる邦題がついた1曲です。

 

この「フェニックス」はアメリカ・アリゾナ州にある地名です。

主人公の男性は車で移動しているようで、

その最中のつぶやきのような内容が歌詞になっています。

一部引用しましょう。

 

By the time I get to Phoenix she'll be rising
She'll find the note I left hangin' on her door
She'll laugh when she reads the part that says I'm leavin'
'Cause I've left that girl so many times before

 

フェニックスに自分が着くころに彼女は目を覚まし

ドアにかかっている走り書きを見つけるだろう

「俺は出ていく」という文字を読んでも彼女は笑うだけ

なぜなら同じようなことは何回もあったから

(拙訳)

 

たぶん札幌市が「招致活動から降りる」と言っても

IOCは「そんなバカな」と笑うだけだったでしょうね。

三行半、突きつけてやりたかったな・・・。

 

さて、この「By the Time I Get To Phoenix」をジャズで取り上げたのが

ピアニストのオスカー・ピーターソン。

ドイツのレーベル、MPSから出たアルバム

「モーションズ&エモーションズ」に収録されています。

このアルバムはピーターソンにしては珍しく、

クラウス・オガーマンが指揮するオーケストラと組んだものです。

あの超絶テクニックを持つ名手がどう料理するかと思ったら、

意外にもとても静かなアプローチでした。

ピーターソンの繊細な側面を知ることができる演奏だと言っていいでしょう。

 

1969年NYのA&Rスタジオでオーケストラパート、

同年にドイツのフィリンゲンにあるMPSスタジオでピアノパートを収録。

 

Oscar Peterson(p)

Bucky Pizzarelli(g)

Sam Jones(b)

Bob Durham(ds)

 

Orchestra arranged and conducted by Claus Ogerman 

 

③By the Time I Get To Phoenix

ストリングスの優しい調べに乗ってピーターソンが非常にゆっくりと

テーマを弾いていきます。

これほどゆったりと、音を絞り込んだピーターソンを聴いた覚えがありません。

素晴らしいのはスローでも一音一音がしっかりと響き渡っていて、

どこにも無駄がなく、かつ有機的につながっていることです。

アドリブはなく、ひたすら旋律を淡々と弾いていますが

ストリングスによってサウンド全体にスケール感があるので

全く違和感がありません。

そんな中でも2分35秒過ぎに出てくるタッチの強さは

ピーターソンが繊細さの中で放ったパワーを感じさせ、

ハッとさせられます。

これを聴くと「振る」側の心情にも微妙な強弱があるように

思えてきますね・・・。

 

他にも聴きどころが多く、

①Sally's Tomato はボサノヴァのリズムが楽しいですし、

②Sunny の雄大なスケール感とノリの良さ、

⑥Wave の終盤でグイグイと進んでいくドライブ感

などなど、さすがの内容です。

 

世の中には生産的な「別れ」もある。

札幌市にはここできっぱりと切り替えて、

環境に配慮した持続性のある街づくりを進めて欲しいと思います。

いま札幌に住んでいて思うのですが、

東京とは全く違う穏やかさと空間的な豊かさがここにはあります。

東京の真似事ではなく、自前の資源を見つめ直すことから始めたいものです。