チューン・アップ/ソニー・スティット | スロウ・ボートのジャズ日誌

スロウ・ボートのジャズ日誌

ジャズを聴き始めて早30年以上。これまで集めてきた作品に改めて耳を傾け、レビューを書いていきたいと考えています。1人のファンとして、作品の歴史的な価値や話題性よりも、どれだけ「聴き応えがあるか」にこだわっていきます。

 

夏。

夏と言えばビール。

ビールと言えば枝豆。

 

私がこのような連想をしてしまうのは

あるエッセイを掲載した本の影響が大きいと思います。

東京に住んでいた時に古本で買った

『アンソロジー ビール』(PARCO出版)です。

 

 

小説家、エッセイスト、詩人、音楽家、料理研究家など41人の

ビールに関する文章が収められています。

これが本当に面白い。

ビールの味わいを表現したものから、この酒を介した不思議な出会い、

果ては「ビールの分量をはかるときに泡は入るのか」という論争まで。

「たかがビール、されどビール」なのです。

 

その中に小説家の角田光代さんが書いた「気がつけば枝豆」という

エッセイがあります。

これは「ビールのおつまみ」に注目したもので、

他の一連の文書とは違う角度から書かれています。

一部を抜粋してみましょう。

 

もうどうしてもどうしてもどうしても枝豆が食べたい、

狂おしく食べたい、って、私の場合、あんまりない。

ないけれど、それが自宅であろうと居酒屋であろうと、

夏のテーブルには、ちょこんと存在している。それが枝豆。

狂おしく食べたくはならないけれど、ないと、なんだか物足りない。

なければないでべつにいいんだけど、あればあったでぜんぜんかまわない、

むしろうれしい。

枝豆の、この不思議な存在感よ。

 

角田さんは

「どうしても枝豆じゃなきゃだめ、という料理は、枝豆、そのものしかない」

と指摘しています。

枝豆は単体だけで勝負できる「潔さ」を持つ

食材だというわけです。

 

これを読んで、「枝豆的なジャズマン」とは誰だろうかと考えてしまいました。

狂おしく聴きたくなるわけではないが(失礼!)、

それがあると嬉しく、独自の存在感を放っている・・・。

行き着いたのがソニー・スティット(as,ts)の「チューン・アップ」でした。

 

ソニー・スティット(1924-1982)は「ブロー」で力を発揮するミュージシャンです。

あくまでビ・バップのスタイルを守り、ストレートに吹き切る。

新しい手法で驚かすようなことは一切ありませんが、

聴くと何かしらの充実感を与えてくれる。

そんな「目立たないけれど、お得感のある」演奏家です。

 

「チューン・アップ」は多くの作品を残したスティットの中でも共演者がいい。

ビ・バップを研究し尽くしているピアノのバリー・ハリス、

スティットと同年の生まれで、どっしりと全体を支えるベースのサム・ジョーンズ、

そしてスイング感と前に出過ぎない謙虚さを持つドラムスのアラン・ドウソン。

ベスト・メンバーをバックにスティットが心ゆくまで伸び伸びと吹きまくっています。

 

1972年2月8日、ニューヨークでの録音。

 

Sonny Stitt(as,ts)

Barry Harris(p)

Sam Jones(b)

Alan Dawson(ds)

 

①Tune Up

マイルス・デイヴィス作曲のナンバー。

このトラックは最初のテイクで即OKが出たということで

スティットの流れるような演奏と4人の息の合い具合に驚きます。

まずアップ・テンポでお馴染みのテーマをスティットがテナーで吹きます。

そこからスピードアップしてテナーのソロに入るところに

もの凄いスリルがあります。

テンポがグッと上がるのに何の違和感もなく、

高速フレーズが次々と飛び出してくる。

しかもそれがただ速いだけでなく「歌」になっているのです。

音の奔流に包まれるしかなくなるような

気持ちの良い「流れ」。

ここにスティットの真骨頂があります。

続いてバリー・ハリスのソロ。

彼らしい渋いソロですが、短いこともあって

スティットの強力なエネルギーをいったん止める「箸休め」の

役割を担っていると言うと失礼でしょうか。

最後はスティットが集中力を込めたテーマで締めくくっています。

 

⑤Blues For Prez and Bird

スティットがレスター・ヤングとチャーリー・パーカーという

偉大なプレーヤーに捧げたブルース。

バリー・ハリスの気だるいイントロを受けて

スティットがテナーでテーマを吹きます。

全体的にスロー・テンポですが、

スティットは時にグイグイと力強く歌い上げ

緊張感を出しています。

ソロはバリー・ハリスから。

ブルースでのソロを得意とする彼だけあって、

メランコリックな音を一つ一つ置いていくような印象的な演奏をしています。

続いてスティットのソロ。

普段は雄弁な彼が最初はそろそろと進み、

エネルギーを溜めているかのようです。

少しテンポが上がってからはレイジーなムードの中に雄弁なフレーズを織り交ぜ、

ブルースを楽しんでいるように聴こえます。

 

バラッドの ②I Can't Get Started では

スティットの「締まった」味わいのあるアルトを聴くことができます。

 

8月も半ばを過ぎました。

今宵は北海道産の枝豆とビールで夏休み終盤の夜を過ごしましょうか。

気がつけば枝豆、気がつけばソニー・スティット・・・