ストラクチュアリー・サウンド/ブッカー・アーヴィン | スロウ・ボートのジャズ日誌

スロウ・ボートのジャズ日誌

ジャズを聴き始めて早30年以上。これまで集めてきた作品に改めて耳を傾け、レビューを書いていきたいと考えています。1人のファンとして、作品の歴史的な価値や話題性よりも、どれだけ「聴き応えがあるか」にこだわっていきます。

 

今週は「気球」をめぐる動きが一気に進みました。

16日(木)に外国の気球などによる領空侵犯に備えて

防衛省が自衛隊による武器使用ルールの見直し案を示したのです。

正当防衛などに限定しているルールを見直し、国民の生命や財産を保護し、

航空機の安全を確保するためには気球などに対して武器を使用できるとしています。

 

きっかけは中国の偵察用気球と推定される物体が

日本の領空でも確認されたことを受けて、ということになっています。

しかし、気球自体は何年も前に確認されたもので、

先日のアメリカでの気球撃墜を受け、慌てて「後追い対応」をしている感があります。

 

この対応で鼻息を荒くしている国会議員を見ていると、

本当に「軽い」というか、こんな人たちに戦争をされるのだけは

真っ平ごめんと思います。

 

こんな気分になったのには、ある本を読んだ影響もあると思います。

小泉悠さんの『ウクライナ戦争』(ちくま新書)です。

 

 

小泉さんはウクライナでの戦争が始まってから

すっかり有名になった軍事研究者です。

もうすぐロシアによる侵攻から1年となるタイミングで

この本は非常によく売れているようです。

 

内容では驚くことが多かったです。

ロシアの軍事侵攻直後、

「米国はゼレンシキー(※本文の表記)政権に対して亡命を勧めていたとされている」

といったことや、開戦当初は欧米諸国もウクライナがここまで持ちこたえるとは

思っておらず、支援に後ろ向きだったことが具体的に記されています。

 

小泉さんは総括の中で、今回の戦争がハイテク技術の活用といったものはありつつも、

実態は「古い戦争」だとしています。

戦争の趨勢に大きな影響を及ぼしたのは

「侵略に対するウクライナ国民の抗戦意志、兵力の動員能力、火力の多寡といった、

 より古典的な要素」

であるという指摘には納得させられます。

 

その上で、核抑止が依然として大国の行動を縛っているとも述べています。

 

「米国をはじめとする西側諸国がウクライナに対する直接介入はもちろん、

 戦車や戦闘機の供与にすら二の足を踏まざるを得ない背景には、

 ロシアの核戦力に対する恐怖が常に存在している」(「おわりに」より)

 

結局、こうした構図の中で決定的な勝者がないまま、

戦争はズルズルと続いていきます。

この本が書き上げられたのは去年9月なので

ドイツの戦車供与など一部の事情は変わってきていますが

「徹底抗戦は避ける」という大きな流れに変更はありません。

 

長期戦の中で犠牲になるのは罪のない市民です。

こんな意味のない戦争は絶対に起こしてはいけない。

 

日本でも「戦争を起こせない」事情はあります。

中国や北朝鮮に核があり、戦争になった時に

在日米軍の関与がどの程度になるのか、実際の状況にならないと分かりません。

何よりも事態をエスカレーションさせず、戦争を起こさせないこと。

それこそが政治の役割であり、国民も変に興奮してはいけないと思います。

 

「無用なエスカレーションや興奮は不要・・・」、そんなことを考えていたら

この作品をCDプレーヤーに収めていました。

ブッカー・アーヴィン(ts)の「ストラクチュアリ―・サウンド」です。

 

ブッカー・アーヴィン(1930‐1970)はアメリカ・テキサス州の出身。

チャールズ・ミンガス(b)のグループに参加し、豪快なブローを特徴としています。

しかし、「ブロー一辺倒」な人でもなく、トランペットを加えた

2管クインテットの本作ではグループ・サウンドを大切にしています。

本人はパッションがありながらも短い時間にきちんとした構成のソロを取っており、

興奮に身を任せていたわけではないことが良く分かります。

 

1966年12月14~16日、ロサンゼルスでの録音。

 

Booker Ervin(ts)

Charles Tolliver(tp)

John Hicks(p)

Red Mitchell(b)

Lenny McBrowne(ds)

 

③Stolen Moments

オリバー・ネルソンが作った有名曲。

ネルソンがインパルス・レーベルで演奏したトラックより

少しだけ速いテンポでテーマが提示されます。

2管なのですが、アーヴィンの太い音もあって厚みが感じられます。

まず、アーヴィンのソロ。

最初は張り詰めた音でのロング・トーン。

続いて細かなフレーズが一気に飛び出し、コルトレーンのようです。

かなり影響を受けているのかな?と思ったところで

うねりのある長い音も交えてきて、

先の読めない「歌い方」と情熱的な音が

彼のオリジナリティなのだと分かります。

この後、チャールズ・トリヴァーがブルージーなトランペットを響かせ、

再びテーマへ。

ちょっとお得感のある演奏だと言えるでしょう。

 

⑥You're My Everything

ジョン・ヒックスのハッピーなピアノに導かれて

2ホーンが朗らかにテーマを吹きます。

アーヴィンはテンションが高く、勢いに乗って思いきりソロを吹きます。

曲の影響もあって明るいトーンですが、どこか泥臭くブルージーなところが良い。

最初は勢いに任せた演奏かと思ったのですが、

テンポが微妙に変わったところで柔軟に反応し

歌い方のくどさを少し抑制してくるところはさすがです。

この後はジョン・ヒックスのソロ。

ストレートにスイングする演奏がなかなか好ましいです。

思わずニコリとしてしまうタイプのトラックです。

 

この他、⑦Deep Nightでのアーヴィンの朗々としたバラッドもなかなか良いです。

全体的に秀作と言えるでしょう。

 

それにしても、気球で騒いでいる政治家はウクライナの過酷な戦争被害を

どれだけの想像力を持って見ているんでしょうか。

今回の「気球騒動」にしてもアメリカ政府は正当だったとする一方で

16日にバイデン大統領が「中国とは衝突を望んでいない」と述べて

対話の姿勢を見せています。

武力行使を子どもの遊びのように考えることだけは絶対にしてはいけません。