星に願いを/ビル・フリゼル | スロウ・ボートのジャズ日誌

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ジャズを聴き始めて早30年以上。これまで集めてきた作品に改めて耳を傾け、レビューを書いていきたいと考えています。1人のファンとして、作品の歴史的な価値や話題性よりも、どれだけ「聴き応えがあるか」にこだわっていきます。

 

本日、NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」最終回が放送されました。

私と同様、1年間このドラマを見てきたという方は

よく分かってくださると思うのですが、壮絶なラストでした。

 

小栗旬さん演じる北条義時が後鳥羽上皇を追放し、

国内最強の権力者になったところで、思わぬきっかけから絶命する。

しかも、その死が最も近い身内(妻、親友、姉)によってもたらされるという、

これまで数々の盟友を死に追いやってきた権力者らしい「罪を背負った」最期でした。

 

私は大河ドラマを毎回ウオッチしているわけではありませんが、

「ダークヒーロー」が主人公となり、暗いものを背負いながら散っていくというのは

極めて異例の終わり方ではないかと思います。

三谷幸喜さんの脚本が冴えわたっていたと言っていいでしょう。

 

最期を迎えるにあたって、北条義時は床を這いずるようにして死んでいくのですが、

その姿が私には映画「ゴッドファーザー」パート1のマーロン・ブランドと

重なって見えました。

 

映画のマーロン・ブランドはドン・コルレオーネという

一代でニューヨーク最大のマフィア組織を築いたボス役で、

孫と自宅の庭で遊んでいる時に心臓発作で亡くなるという設定でした。

一見、平和な状況の中での死なのですが、マーロン・ブランドという

「大物ダークヒーロー」が倒れていく様には独特の迫力があり、

今回の小栗旬さんの迫真の演技と共通点があったのだと思います。

 

実際、三谷幸喜さんは「鎌倉殿の13人」を書くにあたって

様々な作品のキャラクターからヒントを得ているようで

ラストシーンもゴッドファーザーからインスパイアされているかもしれません。

 

そんなことを考えていて取り出したのがビル・フリゼル(g)の「星に願いを」です。

このアルバムはアメリカで人気だったTV番組や映画の音楽が取り上げられており、

「ゴッドファーザー」のテーマも収録されています。

 

ビル・フリゼル(フリゼ―ルという表記もあり)は

1951年アメリカ・メリーランド州ボルチモアに生まれました。

浮遊感のある独特のサウンドが特徴ですが、

このアルバムを聴くと映像作品に「偏愛」とも言える愛情を注いでいることが感じられます。

たぶんこういう人には印象に残った作品のシーンが頭に叩き込まれていて

自分なりの料理をすることでリスペクトを示しているのではないかと。

そのため、思いきりアレンジしているものもあれば、

驚くほどストレートに演奏している曲もあります。

「オタク」が好きなテーマを取り上げるとこうなるのか、という

統一性はないけれど憎めない不思議な作品です。

 

録音年月日がライナーにありません。

アメリカ、オレゴン州ポートランドでの収録。

編成も変則的です。

 

Bill Frisell(g)

Petra Haden(vo)

Eyvind Kang(viola)

Thomas Morgan(b)

Rudy Royston(ds,per)

 

⑬Moon River

超有名曲をヴォーカルとギター、ベースで演奏しています。

ギターはアコースティックで、ジャズというよりは普通に上質な

ポピュラー・ミュージックと言っていいかもしれません。

ベーシストのチャーリー・ヘイデンの娘である

ペトラ・ヘイデンが温かみがありながら泥臭くはならない歌声で

全体の雰囲気を決定づけています。

冒頭、ギターとベースのデュオでやや抽象的なイントロが短く付けられ、

ペトラの歌声が入ってきます。

テンポがゆったりしている以外は特に原曲に手が加えられることもなく、

ベースもギターも寄り添うかのような演奏です。

歌が終わってからは少しテンポが上がり、ギターが主旋律を奏でます。

ベースがウォーキング調に代わり、ギターが気持ちよさそうに

ひたすら優しい音色を響かせる。

本当に原曲が好きなんだなと思わせるシンプルな演奏です。

 

⑭The God Father

ニーノ・ロータによる「ゴッドファーザー」のテーマです。

ここではビオラの参加が非常に生きている。

最初にあの沈鬱なテーマをビオラが提示し、ベースとドラムがバックをつけます。

そこにフリゼルのつかみどころのないエレキギターが入ってくると

何とも妖しい雰囲気に。

一つ間違えば下手くそな学生バンド風になるところなのですが、

そこをギリギリのバランスで攻めてくるところが何とも言えないです。

テーマがいったん終わり、ドラムのみの間奏を経て、

再びビオラとギターが先導する妖しい世界へ。

ビオラが再びテーマを提示するのですが、ここからギターの展開がかなり自由となり

ソロともバッキングともつかない謎フレーズをつま弾きます。

ドラムもフリーになっているのかテンポを刻んでいるのか分からない展開となり、

ゴッドファーザーの混沌としたダークな世界が現れてきたようです。

やがてビオラとギターで呼応しているようなしていないような

不思議なパートがあった後、またテーマに戻ります。

こちらは冒頭寄りはややテンポアップして、原曲に近いイメージ。

これは曲への愛情と、フリゼルの変態的な音色が融合してしまった

唯一無二の世界だと言えるでしょう。

 

このアルバムを聴いていると、映像世界が感受性豊かな人間に与える影響の大きさが

非常によく分かります。

 

「鎌倉殿の13人」のラストシーンが「ゴッドファーザー」から

影響を受けているというのは単なる私の推測ですが、

あの小栗旬さんの演技に度肝を抜かれたことをきっかけに

新たな創作を目指す人がいるかもしれない。

そうなると楽しいなと想像を膨らませた週末の夜でした。