鼓動/粟谷巧 | スロウ・ボートのジャズ日誌

スロウ・ボートのジャズ日誌

ジャズを聴き始めて早30年以上。これまで集めてきた作品に改めて耳を傾け、レビューを書いていきたいと考えています。1人のファンとして、作品の歴史的な価値や話題性よりも、どれだけ「聴き応えがあるか」にこだわっていきます。

 

秋が深まり、気がつくとジャズのライブハウスのラインナップが非常に充実しています。

夏のコンサートやフェスなどが落ち着いてきたから(?)でしょうか。

この秋は行動制限もありません。できるだけライブに足を運びたいと思っています。

 

12日(水)は本当に何年振りか分からなくなったのですが

六本木の「アルフィー」に行ってきました。

この日はサックスの中山拓海さんがリーダーで、メンバーは次の通り。

 

中山拓海(as)  清水絵理子(p)  粟谷巧(b)  竹村一哲(ds) 

 

 

リーダーには申し訳ないのですが、私は写真の両端に写っている

ベースの粟谷さん(左)、ドラムの竹村さん(右)が揃うということで

このライブに足を運びました。

 

お2人は以前、札幌にあるライブハウス「スローボート」で

ピアニスト・福居良さん(1948-2016)の「弟子」として腕を磨いてきました。

私もかつて札幌に住んでいたため、「福居良ヤングトリオ」で

20代になったばかりの粟谷さんと、

10代の竹村さんの若いリズム隊を耳にしていました。

 

そのころは2人がやがて渡辺貞夫さんのバックを一緒に務めることになるとは

思ってもいなかったですし、

いまやそれぞれが日本を代表する名手として評価を受けています。

本当に嬉しいことです。

 

ライブはほぼ中山さんのオリジナルで、非常にいい曲ばかりでした。

変な褒め方ですが、今回は竹村さんのスネアの使い方に驚きました。

非常にタイトなスネアがいいタイミングでバシッと入ることで

バンド全体が引き締まるような感覚がありました。

 

そして、粟谷さんのベースは太く、非常によく歌います。

バンドを牽引する躍動感のあふれるサウンドを聴けたら、

福居良さんも喜んだだろうな・・・・。

 

そんなわけで、今回は先月リリースされたばかりの

粟谷巧さんのリーダー作を聴いてみましょう。

何と、全編ベース一本で勝負した「鼓動」です。

 

粟谷さんのアイドルはモダン・ジャズの第一人者、ポール・チェンバース(b)です。

チェンバースはリーダー作をいくつか残していますが、

さすがにベース一本のみのアルバムという挑戦はありませんでした。

チェンバースのように「太く・前に」進む音と、楽曲の構成力が合わさった

素晴らしい作品だと思います。

 

2022年5月31日、東京の岡本太郎記念館での録音。

 

粟谷巧(b)

 

②Bohemia After Dark

粟谷さんのオリジナルで静かな響きがある①Prologueから

オスカー・ぺティフォードの曲に流れ込みます。

この「静」から「動」へと転換する際のコントラストが

ドラマチックな効果を生んでいます。

おなじみのテーマは非常に重たい低音でリズミックに提示され、

生々しい録音も相まってズドンと体に響いてきます。

テーマが終わるとウォ―キング・ベースが圧倒的な響きを持って現れ、

演奏全体が一気に生き生きとしていきます。

この強烈なスイング感と旋律を感じさせる演奏は

粟谷さん独自のものでしょう。

そこから本格的なソロへ入っていきますが、

ガット弦が生み出す強く「攻めてくる」ベースの音に

グイグイと引き込まれてしまいます。

これだけベースの魅力を打ち出した演奏はなかなかありません。

 

Breeze Suite

⑦a)Introduction

⑧b)In the Forest

⑨C)In the Ocean

粟谷さん作曲の組曲です。

私がこの曲から得たイメージを勝手に書いていきますと・・・。

まず⑦は弓を使ったやや悲しみさえ感じさせる曲。

自然の中に入っていく際に覚える不安感(?)でしょうか。

⑧は「森の中のそよ風」ということで、

冒頭の「ドゥ―ン」という重厚な響きは

ゆっくり歩いて森に入っていく際、

木の陰に包まれていく時の感覚に近いように思います。

スローな展開がしばらくあった後、

急にテンポが増してはまたスローに、という循環があります。

このテンポが上がる時の緊張感がものすごく、

太い音がビシビシと迫ってきます。

大自然の強さ、木の持つ生命力といったものが伝わってきます。

⑨は「海の中のそよ風」で、ヨットに乗りながら受ける風のイメージを持ちました。

全体的にスピード感があると言えばいいでしょうか。

テーマは穏やかさがありながら、低音がスムーズに流れる印象。

1分30秒前あたりからリズムに強烈な勢いがつき、

ヨットがスピードを増して快調に進むように

伸びと躍動感が入り混じったフレーズが次々に飛び出します。

風を受けてどんどん先に進む爽快感のよう。

途中、強烈な低音部を交えながら

最後のテーマ部には再び穏やかな表情が現れ、

風と共に進む旅が終わります。

 

「アルフィー」でのライブ後は粟谷さん、竹村さんと共に

福居良さんの思い出話に花が咲きました。

 

「いつでも俺のところを去っていい。もっと大きな舞台でやれ」と

若手を鼓舞していたという福居さん。

立派に若者は育って、いまや日本ジャズ界の中核です。

ご安心ください。