ここ数日、「夏休みの読書」をしました。
週明けから仕事に復帰する前に
世の中をちょっと違う角度から眺める経験をしてみたくなったのです。
手に取ったのは村上春樹さんの短編集『女のいない男たち』(文春文庫)。
今年7月にカンヌ映画祭で脚本賞を獲得した
「ドライブ・マイ・カー」(濱口竜介監督)の原作が収められています。
「ドライブ・マイ・カー」は村上作品らしい、喪失感が軸となっている物語でした。
舞台俳優の主人公は、亡き妻の「秘密」がずっと心に引っかかっています。
そんな時に自動車の運転ができなくなる事情が発生し、
自宅から勤務先へと送ってくれる「専属ドライバー」として若い女性を雇います。
彼女との対話から、次第に亡き妻が関係した男性の存在や、
主人公が抱える「他者と分かり合えない」という感覚が描き出されていきます。
主人公は妻の「秘密」を考えるうちに、どんどん内省的になっていくのですが、
そこに風穴を開けるようにドライバーの女性がポンと言葉を投げかけてくるシーンが魅力的です。
特段の「救い」がある言葉ではないのですが、
どこか自分を次のステージに置かせてくれるようなコミュニケーションがある。
非常に個人的な話でありながら普遍性を感じさせるのが
「村上ワールド」の面目躍如といったところでしょう。
このストーリーを追っているうちに、現代のコミュニケーションのお寒い状況が頭をよぎりました。
きのう発表された新型コロナウイルスの感染者数は全国で2万5492人。
1日に発表された全国の感染者が2万5000人を超えるのは、これで3日連続です。
自宅療養の限界も見えてきたことから、感染爆発はこれまでにない段階に入っていると言えます。
それにもかかわらず、首相を始めとする政治家からは以前とさして変わらない発信しかない。
人々にメッセージが届かないとなると、今度は「ロックダウン」の必要性が知事たちから叫ばれる。
何とも不幸な状況です。
「ドライブ・マイ・カー」で風穴を開けるのは女性ですが、
新型コロナウイルスは「おやじ」的なコミュニケーションが役に立たないという現実を
突きつけているのかもしれません。
相手を見ずに「俺の言っていることは正しいんだから従え」というコミュニケーションが
一気に古びてしまい、もっと血が通い、本質を突いた交流が求められている気がします。
既に50代の「おやじ」である自分にとっては身につまされることですが・・・。
今回は女性歌手と男性ピアニストの2人が実に深い交流に到達した作品を聴いてみましょう。
カーリン・クローグ(vo)とスティーブ・キューン(p)の「トゥゲザー・アゲイン」です。
カーリン・クローグ(1937ー)はノルウェーのオスロ生まれ。
1950年代から活動を始め、64年にアルバム「バイ・マイセルフ」を発表したことで
欧米でその名が知られることになりました。
実験精神が旺盛で、オーソドックスなジャズだけでなく前衛的なアプローチも得意としています。
スティーブ・キューン(1938ー)は既にこのブログで何度もご紹介しているので
細かな経歴は割愛します。
彼はピアノトリオを中心に卓越した才能を発揮していますが、
クローグが彼のことを評したライナー・ノートを読むとヴォーカルとの相性もいいようです。
スティーブはピアニストの中のピアニスト。
つまり、彼は“気遣い”しすぎることも、バックの演奏だけに徹することもなく、
どうやってシンガーの伴奏をすればいいのかを良く分かっているミュージシャンです。
協力的であり、挑戦的でもある彼はとても稀で貴重な才能を持った人物です
(カーリン・クローグ、CDのライナー・ノートより)
2人の構築した世界を聴いてみましょう。
選ばれた曲はスタンダードが中心です。
2005年10月、オスロのレインボウ・スタジオでの録音。
Karin Krog(vo)
Steve Kuhn(p)
⑦Lazy Afternoon
ジェローム・モロス作曲。
タイトル通り気だるい昼下がりを歌った曲で、
ここでの聴きものはキューンによる「イントロ」です。
1分に満たないですが、これは完成された音楽と言ってもいいと思います。
澄んだ音色で同じフレーズが繰り返された後、
不規則に歩みを進めるように音が配置され、
聴き手はどこに連れていかれるのか?という感覚に陥ります。
それがフッと止み、静寂が訪れたところでクローグの声につながっていく・・・。
まさにデュオならではのスリルとシンプルさが生んだ効果があります。
クローグの声は知的で温かみがあり、見事に平和な午後の情景を
描き出していきます。
そして次のハイライトは「It's a hazy afternoon・・・・」という後半の歌詞のブロックでの演奏。
淡々と歌い上げるクローグのバックでキューンが音を最大限に絞ってきます。
断片的なフレーズを弾くだけで、クローグにスペースを与えて歌の世界を引き出していくのです。
クローグは語尾を伸ばすような歌い方でそれに呼応していきます。
2人の信頼関係が伝わってくるトラックです。
⑨Jim
珍しい選曲、と言っていいでしょう。
シーザー・ペトリロとエドワード・ロスの作曲です。
自分に親切にしてくれない男性を思う切ない歌で、
冒頭はクローグの「一人語り」。
これをすんなりと音楽にしてしまうクローグの表現力に引き込まれます。
やがてキューンが加わりますが、ここでもバックの演奏は最低限。
しかし、絶妙にピアノがブレイクを挟むことで静かに揺れるような
スイング感が生まれています。
続いてキューンによる間奏。これが最初はゆったりとしているのですが、
しばらくすると美しい高音が散りばめられ、
この曲にダイナミックな印象すら加えてきます。
この辺りはキューンの挑戦的な側面が顔を出していると言えるでしょう。
再びクローグに戻り、いつまでも男性を思う気持ちが歌に込められます。
このほか、④Time On My Hands のリラックスした雰囲気も忘れ難いです。
私の夏休みは本日で終わり。
読書と音楽で「別の風景」を垣間見た後、社会復帰してどんな感覚を覚えるのか。
「みんなが言いたいことだけを言い合う」ということになりがちな社会の在り方とは
別の世界があることを信じ続けられるのでしょうか。
そのためにも、文化って必要ですね。
