ゲティン・トゥゲザー/アート・ペッパー | スロウ・ボートのジャズ日誌

スロウ・ボートのジャズ日誌

ジャズを聴き始めて早30年以上。これまで集めてきた作品に改めて耳を傾け、レビューを書いていきたいと考えています。1人のファンとして、作品の歴史的な価値や話題性よりも、どれだけ「聴き応えがあるか」にこだわっていきます。

 

4連休の最終日、映画を見に行きました。

「ジャズ喫茶ベイシー Swiftyの譚詩(Ballad)」です。

 

ジャズファン、特にジャズ喫茶という空間を愛する人にとって

一度は行ってみたいのが「ベイシー」。

岩手県一関市にあるこのジャズ喫茶は「音がもの凄くいい」ことで有名です。

この「もの凄く」というところが大事で、もはや伝説となっているのです。

「演奏者がその場にいるような錯覚を起こさせる」とも言われ、

全国から音を聴きに多くの人々が訪れています。

 

映画では50年前に店を開いたマスター・菅原正二さんにスポットを当てています。

菅原さんの音へのこだわりが描かれる中で出てきたのが、

ジャズファンにはお馴染みのJBLというメーカーのスピーカー。

しかし、菅原さんは

「まずJBLのアンプが気に入って、そこからスピーカーに入った」と言います。

おそらく、「業界のスタンダード」ではなく、自分を信じてやってきた方なのでしょう。

店の中にはドラムセットがあるのですが、

「セット全部を置くと(レコードの音の)邪魔にならない」という不思議な話もありました。

 

もともと早稲田大学のハイソサエティー・オーケストラでドラマーとバンド・リーダーを

務めた経験もある方だけに、「耳がいい」のは間違いありません。

ですが、それだけではない菅原さんの「哲学」を感じさせる言葉が映画にありました。

 

「音をカッコよく鳴らしたい。カッコよく鳴っているはずなんだから」

「俺が(音に)出てきちゃダメなんだ。自分を消したいと思っている」

 

正確な引用にはなっていないと思いますが、上記のような言葉でした。

この2つの言葉、一見矛盾しているようですが、同じことなのだと思います。

菅原さんはなるべく「カッコよく演奏されたジャズ」を「正確に再現する」ことに力を注いでいるのでしょう。

 

レコードに刻まれている音には、既にミュージシャン、プロデューサー、

録音技師、プレス担当者まで多くの人が関わっています。

それを踏まえつつ最後の「出口」で聴き手に音を届けるとき、どこまで勝負できるか。

そんなことに賭けている「職人的な」伝え手がいるというのは興味深いことです。

おそらく、本当にジャズを愛しているのでしょう。

 

この映画を観ていて、気になってきたのが「入り口側にいる人」です。

普通は菅原さんのように「出口」で多くの人のために凝りまくっている人はいないわけですから、

ミュージシャンの音を録る段階で力を尽くしたエンジニアのことを考えてしまったのです。

すぐ思い出したのはコンテンポラリー・レコーズで手腕を発揮したロイ・デュナン。

東海岸のブルーノートで活躍したルディ・ヴァン・ゲルダーを「東の横綱」とするなら

ロサンゼルスにいたデュナンは「西の横綱」と言っていいでしょう。

 

私は2人の録音技師を共に評価しますが、個性は全く違います。

ヴァン・ゲルダーが「ヴァン・ゲルダー・サウンド」と呼ばれるほど

力強い「彼の響き」を作り出したのに対し、

デュナンはよりナチュラルで演奏者に近い音を捉えることに腐心したのではないかと思います。

どちらが優れているという話ではなく、スタンスの違いなのです。

 

デュナンはかなりシンプルな装置で演奏を収録したそうで、

その当時のことをコンテンポラリーのプロデューサであるレスター・ケーニッヒの息子、

ジョンが証言しています(英語です)。

http://www.soundfountain.com/contemporary/contemporary.html

 

 

専門的なことは私には分かりませんが、マイクで拾った音を増幅などすることなく、

ノイズを抑えながらそのままテープに収録する方法を考え出したようです。

デュナンによる演奏者の気配すら生々しく感じられる自然なサウンドは

かなりシンプルな録音方法で行われていたのです。

 

これは、ミュージシャンを個室に入れて他の楽器の音をマイクが拾わないようにする

現代の収録方法とは全く異なります。

もちろん、現代のやり方は後で修正しやすく、ミュージシャンにもエンジニアにも

メリットがあるのですが・・・。

 

デュナンには「録音の名作」が数多くありますが、

今回は独断でアート・ペッパー(as)の作品を選んでみましょう。

「ゲティン・トゥゲザー」です。

 

アート・ペッパーには「ミーツ・ザ・リズム・セクション」という名作があり、

演奏と共に録音の良さで知られています。

実は「ゲティン・トゥゲザー」はもう1枚の「ミーツ・ザ・リズム・セクション」と言える作品で

メンバーは違えど録音当時のマイルス・デイヴィスのリズム・セクションを

従えているという点で共通しているのです。

ちなみに「ゲティン・トゥゲザー」の方が3年後の録音となります。

 

ペッパーが時にテナーを吹いたり、曲によってコンテ・カンドリ(tp)が参加しているせいか

日本ではあまり印象が強く持たれていない作品だと思います。

しかし、リズム・セクションは非常に素晴らしいですし、

何よりペッパーの色気のある音はスカッと抜けたデュナンの録音空間によく合います。

ここは録音と共に楽しんでみましょう。

 

1960年2月29日、ロサンゼルスでの録音。

わずか1日で仕上げています!

 

Art Pepper(as,ts)

Conte Candoli(tp)

Wynton Kelly(p)

Paul Chambers(b)

Jimmie Cobb(ds)

 

①Whims Of Chambers

ポール・チェンバースの曲。

録音を聴かせるために冒頭に置いたのでは?と思わせるぐらい音がいい。

冒頭、ホーンとピアノ・トリオでメロディが提示されますが、

バンド全体の「風通しがいい」録音と、チェンバースのベースがズンズン響いてくる録音が

非常に気持ちいいのです。

まず、ペッパーのソロ。彼らしい繊細な歌心のある演奏ですが

ベースとドラムの躍動感に押されて勢いをつけているのが手に取るように分かります。

バックをつけるケリーのピアノはくっきりしていますが

決して出しゃばって聴こえないのもいい。

ペッパーが次第にブルース臭を強く漂わせていくのも

リズム陣との組み合わせによると思われ、面白いです。

続いてケリーのソロ、カンドリのソロと続きますが、

演奏的にも録音的にもペッパーのメロディ~ソロへの流れがベストだと思います。

あえて付け加えるなら、カンドリに続くチェンバースとジミー・コブそれぞれのソロも

気持ちよく鳴り響いています。

 

⑥Diane

ペッパーが妻の名前を取って書いたバラッド。

ケリーの美しいイントロからペッパーが入り、切々とメロディを奏でます。

この辺りは彼の真骨頂というか、他の追随を許さない切なさがあります。

繊細なペッパーに対し、チェンバースのベースが音数少ないながら

きっちりと重心をつけ、コブも静かなブラッシュ・ワークで寄り添います。

ケリーも必要最小限のバックに徹していて、

互いがメンバーの演奏を「分かっている」ことがよく伝わってくるのです。

気配が変わるのはテンポが少し上がりながらケリーのソロになるところ。

彼らしいスイング感で「ちょっとだけ」仕掛けていて

単なるバラッドに終わらないスリルを持たせています。

これを受けて、ペッパーがソロで少し強めに受けつつも、

最後は徐々にテンポを落としてスローなメロディに持ち込む。

こうした流れを生々しく味わえるのもデュナンの録音によるところが大きいでしょう。

 

このアルバム、いかにも昔のステレオ録音で

左右の楽器の分離がはっきりしているところなど、好みは分かれるでしょう。

でも、この原始的なライブ感が個人的には好きです。

 

ここからは推測ですが、菅原さんはデュナンほどの素晴らしい録音技師が関わっていない作品でも

「音を掘り出す」ことに情熱を持っているんでしょうね。

レコードという工業製品に刻まれているものから

潜在的な音を見つけ出すというのはすごいことです。

熱狂的なオーディオファンにも通じるところでしょうが、

「掘り起こし甲斐がある」のがジャズの魅力でもあるのでしょうね。