マイ・コーナー・オブ・ザ・スカイ/セシリア・ノービー | スロウ・ボートのジャズ日誌

スロウ・ボートのジャズ日誌

ジャズを聴き始めて早30年以上。これまで集めてきた作品に改めて耳を傾け、レビューを書いていきたいと考えています。1人のファンとして、作品の歴史的な価値や話題性よりも、どれだけ「聴き応えがあるか」にこだわっていきます。

 

新型コロナウイルスによる緊急事態宣言、全面的に解除されるようです。

首都圏の1都3県と北海道で継続してきた緊急事態宣言ですが、

政府があす(25日)開く諮問委員会で解除を諮り、

明日中に決定が発表されるという報道が出ています。

 

先月7日に緊急事態宣言が出されてから長かった・・・。

一方で、「新しい生活様式」や東京都による

「休業要請の緩和ステップ」(いわゆるロードマップ)などが出て、

今後の生活が「以前のまま」ではないことも見えています。

 

「人との接触」にこれほど負のイメージがついたことは

私が生きてきた50年間の中で一度もありませんでした。

その違和感をどう伝えられたらと思っていたのですが、

けさの朝日新聞「折々のことば」(哲学者・鷲田清一さんの連載)で

こんなことばが紹介されていました。

 

顔を寄せ合い対話すること。手を重ね合わせること。

それがどれほど貴重で脆いものであるかを、

私たちはついに知ってしまった。

                          月永理絵

 

これは根気よく患者の声に耳を傾ける精神科の老医師を追った

映画「精神0(ゼロ)」(想田和弘監督)に寄せて

映画ライターの月永さんが書いた記事の一節だそうです。

 

鷲田さんはこのことばを受けて次のように書いています。

「人の尊さや信頼も、生きることの歓びも、

見つめ、聴き、手を当てる、そんな行為の積み重ねの中でしか生まれない」

 

まさに、この通り。

私たちは緊急事態宣言の間、「不要不急のことはするな」と言われ、

人との触れ合いは最小限にし、「できるだけリモートで済ませよ」と迫られてきました。

確かに、リモートでできることもあるというのは発見でしたし、

満員電車で消耗することがなくなったのは助かりました。

経済成長一辺倒ではない生き方を考える機会も得られました。

しかし、何か深いところで喪失感があったのは事実です。

 

おそらく、それには日々当たり前にあった「対話」や「触れ合い」が

なくなったことによる「信頼感の欠落」が大きかったのでしょう。

人間はやはり「関係」の中で生きていくもの。

リモートは「関係」を補完してくれるものではありますが、

これが永続的になり、イチからリモートで信頼感を構築してくのは

非常に難しいでしょうし、ストレスです。

これから一気に「元の状態」に戻すのは難しいのでしょうが、

極端に走ることなく、少しずつ「距離を縮めていく」ことが

私たちの生きる道のような気がしています。

 

大切な人に呼びかけることができ、誰かがその声を聞いていてくれるという安心感ー

今回はそんな曲が入っているアルバムをご紹介しましょう。

ヴォーカルのセシリア・ノービーによる「マイ・コーナー・オブ・ザ・スカイ」です。

 

セシリア・ノービーは1964年9月、デンマークに生まれました。

クラシックの作曲家である父とオペラ歌手の母という音楽一家に生まれ、

ロック歌手として活動していた時期もあったそうです。

 

1990年代にジャズ歌手としてブルーノートが売り出したことから注目を集めました。

同レーベル第2作となるこの作品では彼女らしいロックに目配せした選曲が目立ちます。

スティングの「セット・ゼム・フリー」、デビッド・ボウイの「Life On Mars」など。

純然たるジャズ歌手ではないノリと、ハスキーな味わいに面白さがある人だと言えるでしょう。

 

このアルバムの最後に収められているのが

映画「バグダッド・カフェ」(1987年西ドイツ、パーシー・アドロン監督作品)の

挿入歌でもある「コーリング・ユー」。

映画はささくれだった人々が集う砂漠のモーテルにある女性が訪れ、

人々の気持ちを変えていく・・・という単純なストーリー。

 

原曲の「コーリング・ユー」は映画のストーリーに即した歌詞で、

深い夜の静寂から呼びかけられているような雰囲気がありました。

セシリア・ノービーはピアノトリオをバックに、原曲よりは軽やかに、

しかし味わい深く歌っています。

 

私の手元にあるライナーでは録音年月日が分かりません。

1990年代半ばにNYとコペンハーゲンで録音されたようです。

ミュージシャンはトラックによって顔ぶれが異なりますが、

「コーリング・ユー」に参加しているミュージシャンは以下の通りです。

 

Cecilia Norby(vo)

Joey Calderazzo(p)

Lars Danielsson(b)

Terri Lyne Carrington(ds)

 

⑫Calling You

ピアノのスローなイントロからノービーが入ってきます。

荒涼とした砂漠の風景が描かれた後、

有名なこの歌詞が出てきます。

 

I am calling you.

Can't you hear me?

I am calling you.

 

この部分、ノービーは原曲を大切にしながら

非常にゆっくりと、語りかけるように歌います。

まだ希望が確信できない、切なさのある味わいです。

そのバックで最小限の音で寄り添うジョーイ・カルデラッツオのピアノも見事です。

そして、後段、再び同じテーマが現れますが、歌詞が微妙に変わっています。

 

I am calling you.

I know you hear me.

I am calling you.

 

「聞こえるかしら?」から「聞こえているのは分かっている」という確信。

ピアノの美しいソロをはさみ、ノービーがもう一度この歌詞を歌います。

やや力を込めて、一節を長く伸ばしながら・・・

呼びかけ続けることが「関係」につながることを実感させてくれる演奏です。

 

明日、緊急事態宣言が解除されてからどんな変化が起こるのでしょうか。

歓びと第2波への恐れが混ざり合った複雑なコミュニケーションが続くのかもしれません。

一度知ってしまった「人間同士の触れ合いの脆さ」がどんな形で取り戻されるのか、

確信にたどり着くまで、ちょっと長そうです。