Vanished Gardens/チャールス・ロイド&ザ・マーヴェルズ | スロウ・ボートのジャズ日誌

スロウ・ボートのジャズ日誌

ジャズを聴き始めて早30年以上。これまで集めてきた作品に改めて耳を傾け、レビューを書いていきたいと考えています。1人のファンとして、作品の歴史的な価値や話題性よりも、どれだけ「聴き応えがあるか」にこだわっていきます。

 

今月14日に39県で緊急事態宣言が解除されました。

私の住む東京都をはじめ8つの都道府県はまだ解除に至っていませんが、

外を歩く人たちは明らかに増えてきていると感じます。

 

「ここで油断しちゃダメ」という行政からの呼びかけと、

「もうそろそろちょっとしたお出かけならいいだろう」という気持ちの狭間で悩みますが、

16日(土)は天気が悪かったこともあって結局、家から出ませんでした。

 

そんな中でむさぼるように読んでしまったのが、パートナーが借りてきてくれた漫画

「Blue Giant Supreme」(石塚真一、小学館)の7~10巻でした。

これ以前の巻は読んでいたのですが、この機会に最新刊までジャズをかけながら

一気に読みました。

 

既にご存じの方も多いでしょうから内容はあまり書きませんが、

これは「ジャズ・プレイヤーの成長物語」です。

仙台でジャズに目覚めてしまった高校生・宮本大が

テナー・サックスの腕を磨き、上京してバンドを結成。

やがて、ある悲劇をきっかけに今度は単身ドイツに渡り

活躍の場を世界に広げていくーというものです。

 

何より、「音」を感じさせる絵が素晴らしいのと

ジャズ・レーベルのBlue Noteを意識したと考えられる

プレーヤーの個性の強さ、マネジャーやレコード会社、エンジニアなどの思いが

凝縮されているのが秀逸です。

 

今回、9巻にはうれしい「おまけ」が付いていました。

作者の石塚真一さんとBlue Noteの現社長、ドン・ウォズ氏との対談です。

かなりのオタク同士の対談という感じでしたが、

その中にウォズ氏の以下のような発言がありました。

 

年を取って思うようになったのは、音楽には2種類あるということ。

自分本位の音楽か、惜しみなく与える音楽かだね。

自分本位の音楽というのは、自分で自分の音楽を聴いて、

ほらこんなにたくさん音符が弾けるぞ、って言っているようなやつだ。

まるでサーカスのアクロバットをやっているようなもので、それは音楽ではない。

音楽というのは、君が何かちょっと演奏したのを聴いたら、

私がそれに反応して、次の人が演奏したくなるようなことの連鎖のようなもの。

惜しみなく与えるアーティストは、他者にも耳を傾けるんだと思う。

そして何より大事なのは、感動的な何かを探して、

それを他の人たちと共有しようとすることなんだ。

(ドン・ウォズ&石塚真一 スペシャル対談 より)

 

これを読んでなるほど、と思いました。

ジャズというのは「個性の音楽」ではありますが、「集団での呼応」がないと

途端にスケールが小さくなってしまうところがあります。

「音」として成立していても、何か深いところまでは連れて行ってくれないというか、

ビジョンが感じられないというか・・・。

それが、「共感」が成立し、共に内なるものを「差し出す」ことができたとき、

別次元のところに私たちを届けてくれる喜びがあります。

 

ウォズ氏は自身がベーシストであり、ウォズ(ノット・ウォズ)というバンドで成功した人でもあります。

それゆえにミュージシャンの立場を理解しながら、深いものを作りたいという意欲があるのでしょう。

そう考えると、一時は勢いに欠けるように思えた新生Blue Noteが、

ウェイン・ショーター(ts)といった大御所からノラ・ジョーンズ(vo)、ロバート・グラスパー(p,key)に至るまで

多彩なラインナップを揃えるようになったのも頷けます。

 

今回はウォズ氏がBlue Noteでプロデュースした作品を取り上げてみましょう。

チャールス・ロイド(ts,fl)の「Vanished Gardens」です。

 

チャールス・ロイドは現在、82歳(!)。

1966年に録音された「フォレスト・フラワー」がキース・ジャレット(p)の参加もあり名作とされています。

このレジェンド的な存在に、ウォズ氏はビル・フリゼル(g)というギタリストを組み合わせ、

カントリーともジャズともつかない不思議な音楽を作り出しました。

私はジャズ・ファンなのでルシンダ・ウィリアムズ(vo)が入った

フォークやカントリー的な要素が強い曲よりも

インストゥルメンタルのナンバーに魅力を感じますが、

全編でミュージシャンの共感が伝わってくるライブ的な要素が強い作品だと思います。

 

2017年4月と9月、East West Studios での録音。

 

Charles Lloyd(ts,fl)

Lucinda Williams(vo)

Bill Frisell(g)

Greg Leisz(pedal steel guitar, dobro)

Reuben Rogers(b)

Eric Harland(ds)

 

③Vanished Gardens

スピリチュアルな響きもある、不思議なロイドのオリジナル。

ギターによって単調なリズムが刻まれる中、少しずつロイドのテナーとリズムがからんでいきます。

最初はクール気味だったのが徐々に熱を帯びていくという不思議な構成で、

民族音楽的なところもあるように思います。

面白いのはドラムとテナーがどんどん盛り上がっていくのですが、

そこに応じるフリゼルのギターがバンドを包み込むような枠組みは崩さず、

全体が無秩序になっていかないところです。

ミステリアスではありますが、この音楽観を全メンバーが理解しているからこそ生まれた

「共感のナンバー」であると思います。

「異世界」に行ってみたいときに、どうぞ。

 

⑤Ballad Of The Sad Young Men

トミー・ウルフらによるナンバー。

「哀感」が全てのメンバーによって共有されていると思います。

ギターによって奏でられるスローなメロディに何とも言えない切なさがあり、

途中まではサックスもいらないのではないかと(笑)思えるほどの完成度なのですが、

水の流れのようにスムーズに入ってくるテナー・ソロが素晴らしい。

高齢にしてこれだけの集中力と繊細さを持つロイド、恐るべしです。

ソロは「フォレスト・フラワー」を彷彿とさせる浮遊感を持っており、

ギターが全体を包み込むバンド・サウンドと見事に合致しています。

ピアノが入っていればもっと緊張感のある内容になっていたと推測できるので

この編成に可能性を感じたプロデューサーの目の付け所も優れていると言えるでしょう。

 

⑨Monk's Mood

有名なモンク・ナンバーをロイドとフリゼルのデュオで演奏しています。

最初はフリゼルのみで始まり、

彼の余韻を生かしたプレイがゆっくりとモンクのユニークなメロディを刻んでいきます。

そのままギター・ソロに入り、時にはつまづくような「間」を挟んで

彼らしいグルーブを生み出しています。

そんな「すき間だらけ」のところにロイドがメロディを提示しながら参加。

メロディとソロを一緒にしてしまったような形で進行し、途中から少し激しいブロウもあります。

そこはフリゼルがあえて「弾かない」ことで存分にスペースを与え、

静かながらも緊張感が途切れない場を2人で作り上げています。

最後、ロイドとギターが音を交わしあいながら終わるエンディングも

チャーミングでちょっとうれしい気分にさせてくれます。

 

チャールス・ロイドは大御所ではありますが、

自分の子供や孫にあたる世代のミュージシャンとも見事に「共有」を果たしている。

他者への敬意を持っているところが新鮮な音楽を生み出すにあたってのカギなのでしょうね。

 

先ほど挙げたドン・ウォズの言葉ですが、実は続きがあります。

 

それが音楽の魅力の一つだとも思う。

なぜなら、それは人生のメタファーだからだ。

私たち人間は、協力し合ったときのほうが何事もうまくいく。

 

確かに他者と感動を分かち合い、そこに人生を感じられたら幸せですよね。

緊急事態宣言の中の暮らしが物足りないのは、「みんなが我慢」ということになり

感染症を抑えこむ「共同作業」の喜びが感じられないこと。

いずれは収束ということになり、爆発的な喜びを迎える日が来るのかもしれませんが、

それまでに「お互いを称えあう」仕組みが何か必要かもしれません。