先日、若き直木賞作家(30歳!)・朝井リョウさんの最新作
『死にがいを求めて生きているの』(中央公論社)を読みました。
朝井さんの作品にはいつもドキリとさせられますが、
今回も登場人物の心情描写にものすごいリアルさがあり、
470ページほどを一気に読んでしまいました。
小説の主な舞台は平成の北海道です。
全く個性が異なるのに「なぜか仲が良い」2人の少年が
小学生から大学生へと成長する過程で、多くの人生が交錯していきます。
毎日のルーティンワークに嫌気がさしている看護師、
クラスの中で浮かないように気を配る転校生、
自分の眼の色に違和感を持っている女学生、
長年ヒット作に恵まれないテレビのディレクター・・・・。
こうした人々の交わりから描き出されてくるのは
「競争」が排除されて「生きやすくなった」はずの平成という時代に
「息苦しさ」が蔓延しているという実態です。
小説でも描かれているように、平成では多くの「競争」がなくなっていきました。
運動会でかけっこの順位付けが否定されたり、テストの結果が貼り出されなくなったり、
通知表が「相対評価」から「絶対評価」になっていったり・・・。
あの「世界に一つだけの花」の歌詞ではありませんが、
「ナンバーワンにならなくてもいい、もともと特別なオンリーワン」という
「比べなくてもいい」価値観が広まっていったのです。
こうした時代の変化は好ましいことだと50代の私も思います。
若い時、学校や仕事でいろいろな価値観を押し付けられ、
それを受け入れないと人格否定されていたことを振り返ると、
多様性が認められるいまは本当にいい時代だと考えます。
しかし、「比べなくてもいい」時代に重苦しくのしかかってきたのが
「自分に価値があるのか?」という問いです。
小説の中では「自分の生きる価値」を求め、
節操無く「立ち向かうべきテーマ」を変える若者が描かれています。
「自分がやりたいこと」ではなく「これなら認めてもらえそう」ということに
取り組んでみては、成果が出ないとすぐに投げ出してしまう痛々しい行動。
そんな若者を見て発せられた、ある言葉を引用します。
誰とも競わなくていい、比べなくていい、
対立なんてしなくていい世界が訪れるものと信じていた。
だけど人間は、自分の物差しだけで自分自身を確認できるほど強くない。
そもそも物差しだってそれ自体だけでこの世に存在することはできない。
ナンバーワンよりオンリーワンは素晴らしい考え方だけれど、
それはつまり、これまでは見知らぬ誰かが行ってくれた順位付けを、
自分自身で行うということでもある。
見知らぬ誰かに「お前は劣っている」と決めつけられる苦痛の代わりに、
自ら自分自身に「あの人より劣っている」と言い聞かせる哀しみが
続くという意味でもある。
他人から評価されなくなると、今度は自ら「自己評価」を行わなくてはならない。
その時に、尺度をどうするのか。
周囲と比べた時に、どこを「評価の落としどころ」とするのか。
いつまでたっても解のない泥沼にはまってしまい、身動きできなくなるのではないか。
個性が尊重され、「キラキラしている」人の情報がSNSにあふれる中、
自分自身を問い続ける「自己評価の地獄」、これはかなり厳しい状況です。
「自己実現」という言葉がいつの間にか普通に使われるようになった背景は
こういうところにあるのだろうなと悲しくなりました。
今回は「他者からの評価」を受けながら、
「自己評価」も絶え間なく続けたミュージシャンの作品を聴いてみましょう。
アルト・サックス奏者フィル・ウッズの「ソングス ワン」です。
フィル・ウッズは1931年、アメリカ・マサチューセッツ州に生まれました。
アルト・サックスの巨人チャーリー・パーカーに心酔していたことで知られ、
パーカーの死後は未亡人となったチャンと結婚したほどです。
ウッズはパーカーと同時代に生きたこともあり、常に比較されてきました。
自らも「パーカーのスタイルから出発した」ことを認めています。
しかし、そこにとどまらず「自分の音楽をクリエイトすること」を目指して努力を続けました。
その際に役立ったのが「他者」の存在でした。ウッズの言葉を引用します。
幸いなことに、わたしにはジャッキー・マクリーンという
公私ともに切磋琢磨できる友人がいた。
彼と試行錯誤しながら、いや競争という言葉を使った方が正しいかな?
とにかくふたりで血の滲むような練習を繰り返してきた。
そうやって自分たちで納得できるスタイルを完成させることに励んだのさ。
若いころの話だけれどね。
(『必聴!JAZZ101』小川隆夫著、河出書房新社より)
その後、ウッズはフリー・ジャズを取り入れるなど、スタイルを変えていきます。
そこには時代の流れを見すえ、「他者」の動きも意識しながら
自分の生きる道を探った男の姿があります。
2015年に83歳で亡くなったウッズが最晩年に残した「ソングス ワン」には
「やりきった」ミュージシャンならではの充実感が漂っています。
2014年12月12日、ペンシルバニア州セイラーズバーグで録音。
アルト・サックスとギターのデュオという異色の編成です。
Phil Woods(as)
Vic Juris(g)
②I Heard You Cried Last Night
私は初めて聴きましたが、1943年の映画「Cinderella Swings It」から
ピックアップされたナンバー。
スロー・テンポでメロディが歌いあげられる時に印象的なのが
ウッズの放つ音色が若々しいことです。
80代とは思えない艶やかさがあり、伸びやかなフレーズを
連続できるところにウッズの特性があることが分かります。
ソロに入ると音数が多くも少なくもない、ちょうどいい配分で吹いていきます。
バックにギターしかなのでスペースが存分にあるわけですが、
そこを無理に埋めるのでもなく、かと言ってスカスカにするのでもなく、
流れるような展開でつないでいくのはさすが。
続くジュリスのギター・ソロはコード・ワークをうまく生かしたもので、
白人らしい軽快さがあります。
最後は小節交換をしてウッズのメロディで終わりますが、
ここでも彼らしい艶っぽい音が聴けるのはうれしい限りです。
③Long Ago & Far Away
1944年の映画「Cover Girl」からの一曲。
全体的にウッズが非常に楽しんでいるのが伝わってくるナンバーです。
冒頭はウッズのみによるイントロ。歌でいうヴァースにあたるものでしょうか。
スラスラとフレーズを紡ぎながらメロディにつないでいく展開はまさに職人技です。
メロディを受けたジュリスのソロは躍動感があり、
続くウッズのソロもユーモアをたたえたものになっています。
時に「くねらせた」音色を交えてみたり、リフレインを入れてみたり・・・
バックのギターも思わずテンポも上げているように聴こえるほどです。
こうした歌うような流れを楽しむ余裕はウッズならではです。
⑤Who Cares?
ジョージ&アイラ・ガーシュインによるおなじみのスタンダード。
「強めのブロー」に挑戦しているウッズを聴けます。
このアルバムの中ではテンポがやや早めで、
メロディを崩すことをウッズがエンジョイしているのが分かります。
ソロはウッズから。あまりフレーズを途切れさせず、
たたみかけるような勢いがあります。
もちろん乱暴にということではなく「よく歌いながら」です。
ギター・ソロ後に小節交換がありますが、
ここでもウッズは「前のめり」で次々にあふれるアイデアを出してきます。
この辺りの柔軟さは、さまざまなスタイルを試してきた結果と思われます。
ウッズが自分の最期を前に残した音を聴くと、
やってきたこと全てがアルバムのいたるところに顔を出し、
決して無駄ではなかったことが分かります。
そうした意味では「近道を求めないこと」も重要なのだと痛感します。
あまりクリエイティブな解決法ではないので書くのも恐縮ですが、
私は「他者からの評価」と「自己評価」のバランスを取ることしか
「自己評価の地獄」から逃れる手段はないと思います。
「他者からの評価」は時に恣意性があるので鵜呑みにはできません。
しかし、その人の価値観や背景を何となくでも知っていると
「こういう立場からは自分がこう見えるんだ」と納得し、
参考になる部分を取り入れることができます。
その上で自分をめぐる環境や能力を踏まえて「自己評価」をしていけば、
進むべき道もある程度見えてくるのではないでしょうか。
いずれにせよ、人は一人では生きていけないことを受け入れ、
その関わりの中で「自分のあり方」を考えていくしかありません。
50歳になったいまだから書けることで、若者に響く話ではないかもしれませんが、
朝井リョウさんのメッセージもこれに近いところにあるのではないかと思います。

