ヴァーチュオーシ/ゲイリー・バートン&小曽根真 | スロウ・ボートのジャズ日誌

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ジャズを聴き始めて早30年以上。これまで集めてきた作品に改めて耳を傾け、レビューを書いていきたいと考えています。1人のファンとして、作品の歴史的な価値や話題性よりも、どれだけ「聴き応えがあるか」にこだわっていきます。

 

先日、テレビを何気なく見ていたところ

高齢者ドライバーによる事故のニュースが報じられていました。

 

東北自動車道のETC専用レーンで78歳の男性が運転する車が

前の車に追突して1人が死亡し、5人が重軽傷を負った、というものです。

事故の状況から、警察は男性が前をよく見ずにレーンに進入し、

減速しなかった可能性もあるとみているということです。

こうした事故の報道を聞くと「またか・・・」と思わずにはいられません。

最近、高齢者ドライバーによる事故が相次いでいます。

 

いちばん記憶にあるのは4月19日に東京・東池袋で

乗用車が歩行者などを次々にはねて

31歳の母親と3歳の長女が亡くなった痛ましい事故です。

運転していた男性は87歳。

事故直後に「アクセルが戻らなくなった」と話していましたが、

車に不具合は確認されていないそうです。

 

高齢化が進むにつれて、多くの老人がハンドルを握るようになっています。

実は地方に住む私の父も80歳を過ぎていますが、いまだに運転しています。

本人は「免許の有効期限が切れたらもう更新しない」と言っていますが、

子どもとしてはそれまでに事故を起こさないかやきもきします。

 

しかし、免許の返納を強制するというのも

本人の生きがいを奪ってしまうようでためらわれます。

特に地方では車がないと高齢者の行動範囲はかなり狭くなるからです。

「まだまだできる」という本人のプライドを傷つけるかもしれない、

という思いもあります。

「運転からの引退」というタイミングは本人にとっても

周囲にとっても非常に難しいのです。

 

今回は、「見事な引退」をしたミュージシャンの作品を聴いてみましょう。

ゲイリー・バートン(vib)と小曽根真(p)による「ヴァーチュオーシ」です。

 

ゲイリー・バートンは現在76歳。

1943年にアメリカのインディアナ州で生まれ、独学でバイブラフォンを学び、

17歳でレコーディング・デビューをしているという早熟の人です。

「4本マレット奏法」など革新的なプレイスタイルを確立して

多くの名作を残してきましたが、2017年に「引退」を宣言しました。

 

最後のツアーは同じ年、ピアニストの小曽根真さんとの

デュオという編成で行われました。

ツアーを前にした小曽根さんへのインタビューがネット記事に出ているので

そこから一部をまとめさせていただきます。

詳しく知りたい方はこちらをご覧ください。

 ↓

https://www.barks.jp/news/?id=1000142190

 

この記事によると、当時、ゲイリー・バートンは長旅をしたり

長時間ステージで演奏をしていることがきつくなっていたそうです。

また、演奏中に意識が飛んで「あれ、今どこ?」となり、

ステージに上がることが怖くなることもあったとのこと。

そこで、長年の信頼関係があり、バートンが「安心して弾ける」小曽根さんとの

コンサートを「最後に」と考えたそうです。

 

「自分がきちんとできるうちに」と決断した潔い決断。

小曽根さんは突然のことで驚いたそうですが、

熟考に熟考を重ねた上での結論だろうと考えて尊重したそうです。

 

「ヴァーチュオーシ」は2人がクラシックの名曲を素材に

ジャズとの融合をねらった2001年録音の意欲作。

全体的にクラシック寄りのアプローチと感じられますが、

重要なのはジャズのグルーブが反映されており

この2人ならではの音楽になっているところです。

これほど濃密にお互いへの信頼感・リスペクトがある演奏は

なかなかありません。

 

2001年8月14、15日、10月14日、15日にマサチューセッツで録音。

 

Gary Burton(vib)

小曽根真(p)

 

①Le Tombeau de Couperin Ⅰ- Prelude

ラヴェルの「クープランの墓」第一楽章。

冒頭のバイブラフォンとピアノが重なり合うメロディのアレンジが非常に美しい。

正直、どちらがバイブラフォンでピアノなのか、

わからなくなってしまうほどの一体感です。

ゲイリー・バートン本人が書いたライナー・ノートによると

この曲のハーモニー進行は現在のジャズのハーモニーに近いものがあるそうで、

コード構成が「即興の基本になる」と考えたそうです。

そのせいか、私には小曽根さんのピアノからバートンへと続くソロは

この作品の中でも躍動感にあふれ、ジャズとの融合が完成されているように

聴こえました。

 

④Milonga

ブラジルの作曲家ジョルジ・カルドーソによるタンゴ。

バートンが長年タンゴを演奏してきたことはファンならご存知でしょう。

彼の中ではクラシックと同様の音楽形式があるという認識だそうです。

ここでの楽しみは「凛とした哀感」です。

ややくぐもったような余韻のあるバイブラフォンでメロディが提示され、

闇を思わせる作品世界に引き込まれていきます。

続くバートンのソロは「ハードボイルド」というのでしょうか?

最初は音数が少なく、「闇」の世界をさまようかのようなイメージなのですが、

次第に熱を帯び、タンゴらしい切れの良さと力強さのある音色で

聴き手を引き込んでいきます。

続く小曽根さんのソロもダークな色調を帯び、

2人がこの曲で確固とした共通認識を持っていたことを窺わせます。

 

2人の完成度が高い演奏を聴いてしまうと、

共演がもう二度と聴けないというのは本当に残念です。

しかし、ここまで完璧に音楽を仕上げることができるからこそ、

そのレベルに達しなくなった時、

「終わり」をスパッと決めることができたのではないでしょうか。

 

自動車の運転も本人が「本来の自分のイメージ」とのかい離を感じた時、

決断することができればいちばんいいのでしょう。

東京都内では池袋の事故の後、運転免許証を返納する高齢者が

増加しているそうです。

事故があった週は返納者がおよそ1000人でしたが、

今月5日の週にはおよそ1600人に上ったとか。

この「返納ブーム」が一過性のことにならず、

事故の教訓が「正しく自分と向き合う」きっかけになることを願います。