先日、『わたし、定時で帰ります』(朱野帰子著、新潮文庫)を読みました。
4月からTBSで放送されているドラマの原作で、
いまの時代を考える上で示唆に富む小説だと思いました。
簡単にストーリーをまとめると、以下のようになります。
主人公・東山結衣は32歳。ウェブサイトを製作するIT系企業に勤めています。
「定時で帰る」ことを非常に大切にし、
逆に仕事人間の元恋人や父親の生き方には反発を感じています。
周囲には残業を辞さない同僚や「ブラック上司」がいる一方で
仕事の負荷がかかると「辞めようかな、こんな会社」とすぐ口走る新人もいる。
定時退社を守り続ける結衣は様々な風当たりを受けながら
自分の生きる道を探っていくー。
こうした「定時で帰る生き方」、全く現実離れしているわけでもありません。
50歳の私は会社で管理職をやっていますが、4月から施行された
改正労働基準法の影響で「労務管理」の仕事が激増しています。
改正のポイントはいくつかあるので詳しい説明は省略しますが、
かつては労使の間で協定を結べばかなり残業できたのが、
現在は法律上の上限がかなり厳密に決められ、
ある程度の残業が累積すると「法律違反」として摘発の対象になるのです。
こうなってくると、月の初めから仕事で「猛ダッシュ」することは難しくなります。
残業がたまって月の後半にはほとんど仕事ができなくなるからです。
残業しないでも成果を上げることができるのか?
業務は減っていないのだからサービス残業をするしかないのか?
「時間をかけて働けない」中で達成感を得るにはどうしたらいいのか?
日本中で「働き方」をめぐる模索が続いていると思います。
今回、『わたし、定時で帰ります』を読んで優れていると感じたのは、
働き方をめぐるドタバタ描写にとどまらないメッセージがあるからです。
小説の後半にこんな場面があります。
主人公は会社が「働きやすい」制度をそろえているのに、
同僚たちが長時間の残業に追われていることについて意見を求められます。
結衣はこの半年のことをふりかえって、少し考えた。
「・・・・・孤独だから、じゃないでしょうか」
そんな答えがぽつりと出た。
「急激に変わっていく世の中についていけなくて、
会社に居場所がなくなるんじゃないかって怯えてて、
でも誰にもその気持ちを言えなくて、みんな怖いんです」
いま、生き方が多様化しています。
残業したくない人もいれば、バリバリやってみたい人もいるでしょう。
育児や趣味を優先したい人もいるかもしれない。
それぞれが方向性を持ちながら、
低成長で将来はAIに仕事を奪われるかもしれない不安な時代の中で
孤独な悩みを抱えている・・・。
そんな状況を的確に表現したこの部分を読んで、
「働き方」問題の本質を突き付けられたような気がしました。
都会の過酷なサラリーマン(ウーマン?)の物語を読んだところで
都市をイメージしながらもホッとできるジャズを聴いてみましょう。
ニューヨーク・ジャズ・カルテットの「オアシス」です。
ニューヨーク・ジャズ・カルテットはまさに職人ぞろいのグループ。
メンバーはローランド・ハナ(p)、フランク・ウェス(ts、fl)、
ジョージ・ムラーツ(b)、ベン・ライリー(ds)。
ローランド・ハナは先日もこのブログでご紹介した通り、
クラシックの素養もある名手。
↓
https://ameblo.jp/slowboat/entry-12458537594.html?frm_src=thumb_module
そのハナを中心に、カウント・ベイシー楽団でソリストとして活躍したウェス、
東欧チェコ出身で弓弾きの名人であるムラーツ、
セロニアス・モンク・カルテットでのサポートが光ったライリーが集まりました。
これでうまくいかないはずはないというメンバーですが、
素晴らしいのは互いの技をひけらかすことなく、
チームプレイに徹して都会的な洗練さを持ちながら
温もりのあるグループサウンドを作り上げていることです。
まさに「都会のオアシス」!
1981年2月13日、NYのデビッド・ベイカー/サウンド・アイデアズ・スタジオでの録音。
Sir Roland Hanna(p)
Frank Wess(ts,fl)
George Mraz(b)
Ben Riley(ds)
①Don't Come,Don't Call
フランク・ウェスのオリジナル曲。
なぜこのようなタイトルがついているのか分かりませんが、
ジャケットのイメージそのままの都会の夕暮れを思わせるバラッドです。
ハナの短いイントロに導かれ、ウェスが彼らしい優しく、
しかし甘さに流れないテナーでメロディを吹いてくれます。
ソロになってからもスローなテンポは一切変わらず、
ウェスが切ないまでに抑制的な演奏に徹します。
オフィスで仕事を終えて外気に触れたら、ふっと緊張がゆるむ。
しかし、完全にだらっとできるほど気を許せるわけではない・・・・
そんな都会の時間を味わっているかのようです。
演奏は最後までテナーがリード。他の奏者のソロは一切ありません。
この設計にもバンドとしての自信が窺えます。
②It's Just A Social Gathering
ローランド・ハナ作曲のナンバー。
アレンジが非常に気が利いていて、
メロディと各人のソロ、それにリズムの転換が見事です。
ここではムラーツが大きくフューチャーされており、
いきなりベースによるメロディ提示があります。
そこにフルートが入ってきて一瞬リードするかと思いきや、
再びベース・ソロに入っていく展開に意外性があり、
ムラーツの躍動的なプレイの魅力もあって一気に引き込まれます。
続いてハナのソロ。バックのラテンリズムが盛り上がる中、
凛とした響きのあるピアノがコントラストをもたらし、新鮮な印象を与えます。
最後は再びベースに渡してメロディへ。
哀感とラテンの明るさがないまぜになった素敵な曲です。
⑥Oasis
こちらもローランド・ハナ作曲の美しいバラッド。
冒頭のハナの美しいピアノ・ソロは静寂を感じさせ、
夜の砂漠をさまよっているかのようです。
やがてピアノが途絶え、フルートが入るとき
ムラーツの弓弾きとライリーの静かなシンバルも加わり、
安らぎのオアシスの発見を伝えてくれるように
静かな高揚感をもたらしてくれます。
各人が自分の役割を果たしながらトータル・サウンドを作り上げた
レギュラー・コンボらしい一体感がある演奏です。
『わたし、定時で帰ります』では、個人の生き方と
チームプレイのあり方も一つのテーマとなっています。
実際、定時で帰ろうとすればそれぞれのメンバーが
最大限のポテンシャルを発揮しつつ、
お互いの足りないところをうまく補わなくてはいけません。
孤独なままでは早く帰れないのです。
しかし、有能な人間ほど現場で酷使され、
各人の孤独をほどいていくためのマネジメントは実行されないのもよくある現実。
ニューヨーク・ジャズ・カルテットの素晴らしい分担ぶりを見て
ローランド・ハナのような司令塔が欲しくなるこの頃です。
