ウォッチ・ホワット・ハプンズ/スティーブ・キューン | スロウ・ボートのジャズ日誌

スロウ・ボートのジャズ日誌

ジャズを聴き始めて早30年以上。これまで集めてきた作品に改めて耳を傾け、レビューを書いていきたいと考えています。1人のファンとして、作品の歴史的な価値や話題性よりも、どれだけ「聴き応えがあるか」にこだわっていきます。


今月21日のことになりますが、

アメリカの原子力規制委員会が

福島の原発事故発生直後の議事録を公開しました。


委員会内部のやりとりを記録した議事録は

全部で3000ページ以上あるそうです。

NHKの報道によると、アメリカ当局は事故から5日後、

原子炉のメルトダウンが起こっているという分析をもとに、

「原発から80キロ以内の避難勧告を決めていた」とのこと。


このとき、日本政府が福島第一原発付近の

住民に出していたのは、半径20キロ圏内の避難指示でした。

アメリカと日本で、危機感に相当の温度差が

あったことが分かります。


この報道に接し、日本人が「いやな感じ」を覚えたのは、

危機管理のあり方だけではないでしょう。

「原発事故の記録」に対する態度が日米であまりにも

違うことに衝撃を受けた方もいると思います。


日本では、今回の原発事故をめぐり、

政府の原子力災害対策本部の議事録が

作成されていなかったことが分かっています。

今後の原発事故の教訓とすべき、

貴重な資料が残されていないのです。


ただ、日本に「記録が全くない」というわけではないようです。

朝日新聞によると、対策本部に出席していた

関係省庁職員のメモや記憶をもとに、

文書を作る動きがあるそうです。

つまり、「正式な議事録」はまとめられていないのですが、

情報を集めて調整すれば、出せるものはあるのです。


ここからは私の推測ですが、日本の関係者の中には

責任追及を恐れて、「調整されていない情報」を出すことを

嫌っている人がいるのだと思います。

災害対策本部での議論がそのまま出てしまえば、

事故についての認識や避難指示の判断について

評価されることは必至。

そうならないように、関係者の情報をまとめて

「うまく調整した」文書を作ることに

時間をかけているのではないでしょうか。


しかし、これは関係者の都合を最優先した判断で、

「事故の教訓を残し、今後に生かす」という

最も大切なことを無視しています。

こんなことが許されるようでは、再び過ちが繰り返される。

非常事態になったときに、

「これから何が始まるのか」を真摯に見つめ、記録する。

そして、後世の評価を仰ぐというのが

民主主義の政府では何より重要なことでしょう。


「これから起こることを見つめてごらん」-

今回は、そんな曲をタイトルに掲げたアルバムを聴くことにしました。

スティーブ・キューン(p)の「ウォッチ・ホワット・ハプンズ」です。


「ウォッチ・ホワット・ハプンズ」はミシェル・ルグランが作曲し、

映画「シェルブールの雨傘」に挿入されて大ヒットしました。

これを、当時30歳だったスティーブ・キューンと、

北欧の若手リズム陣が演奏しています。

プレイ全体に生命力がみなぎっているとでも言うのでしょうか、

若者らしく自分たちの方向性をまっすぐ見つめ、

気持ちよく挑戦している様子が印象的です。


当時、キューンは低迷するアメリカのジャズ界に背を向け、

スウェーデンを拠点にヨーロッパで活動をしていました。

作品を吹き込んだのは、ドイツのレーベル・MPSです。


1968年7月4日、ドイツ・フィリンゲンでの録音。


Steve Kuhn(p)

Palle Danielsson(b)

Jon Christensen(ds)


①Watch What Happens

非常に軽快なアレンジ。

この時代のキューンの音色にはリリカルな側面と

どこかに「ゆらぎ」があるような、つかみどころのない面が

共存しています。

リズムが弱いと夢遊病的になりかねないのですが、

勢いのある20代のリズム陣がぐいぐい引っ張るおかげで、

躍動感あふれる演奏となりました。

一気にメロディを片づけると、キューンのソロへ。

速いテンポの中、美しくもやや攻撃的な展開です。

特にドラムのクリステンセンがシンバルを炸裂させると

キューンのテンションもぐいぐい上がっていくのが分かり、

「これから起こること」を見すえて楽しんでいる感じが

よく伝わります。


③Lament/Once We Loved

J.J.ジョンソンが作曲した「ラメント」と

ゲイリー・マクファーランドの「ワンス・ウィ・ラヴド」が

メドレーとなっています。

「ラメント」はピアノのみで始まり、原曲がそのまま

スローで提示されます。

キューンの繊細なタッチが非常に美しく、

息を呑んでしまうほど。

やがてリズム陣が加わり、「ラメント」のメロディから

「ワンス・ウィ・ラヴド」へ移行していきます。

ボサ・ノヴァ・リズムによって導かれるこの曲、

当初はスローなため、違和感なく前の曲とつながっています。

ソロが進むにつれ、キューンのピアノは次第に硬質になり、

力の入ったタッチが目立ってきます。

やがて、リズムのテンポも上がり、

演奏に「クールな熱」がこもり始めます。

この瑞々しさが若きキューンの魅力でしょう。


震災発生からもうすぐ1年。

あれから、私たちを取り巻く風景はずいぶん変わりました。

それでも、「あったこと、これから起こること」を見つめることが

次への第一歩なのだと思います。