ボサ・ノヴァ・イン・トーキョー/ヘレン・メリル | スロウ・ボートのジャズ日誌

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ジャズを聴き始めて早30年以上。これまで集めてきた作品に改めて耳を傾け、レビューを書いていきたいと考えています。1人のファンとして、作品の歴史的な価値や話題性よりも、どれだけ「聴き応えがあるか」にこだわっていきます。


この週末、久しぶりの2連休となり、

ゆっくり過ごしました。

せっかくなので、録画していた番組を大量に見るという、

「休みっぽい」ことをすることに。


そうした番組の一つが、NHKの「SONGS」。

今月9日に放送された、鈴木雅之さんの回です。

日本を元気にしてきた懐かしの曲を

鈴木さんが歌う、という趣向でした。


正直、鈴木さんのファンでもない私は、

何となく見ていたのですが、

ある曲のところでびっくりしてしまいました。

ナット・キング・コールが、1960年代に日本語で

歌っていたことがある(!)というのです。


その曲は「LOVE」。

英語の曲に日本語の訳詞をつけています。


『LOVE』(訳詞・漣健児)

Lと書いたらLook At Me
Oと続けてOK
Vはやさしい文字Very Good
Eと結べば愛の字、L-O-V-E
LOVEは世界の言葉
LOVEは二人の宝
愛し合えば明日(あした)も明るい
LOVE
LOVE Your Love
I LOVE YOU


訳詞はもとの英語詞を相当変えているようです。

たとえば、「O」の英語詞は以下の通り。


O is for the only one I see


つまり、「O、僕が見つめるただ一人の人・・・」

という意味です(OとOnlyをかけているらしい)。

それが「Oと続けてOK」とは大胆な・・・


普通に考えると暴挙なのですが、

番組で一部紹介されたコールの歌声を聴くと、

これが妙にはまっているのです。

彼の持ち味がそのまま生かされ、軽妙でロマンチック。

鈴木雅之さんは

「今でも本当に新鮮に聞こえる。全然古くない」と語り、

自ら歌っていました。


まあ、考えてみれば日本人が英語曲を

さんざんカヴァーしているのですから、

その逆もありと言えばありです。

しかし、日本語が世界の中ではマイナー言語であるがゆえに、

聴く方はハラハラし、その結果に喜んだり悲しんだりする。

そういうものでしょう。


コールの「LOVE」を聴いて、取り出したくなったのが、

ヘレン・メリル(vo)の「ボサ・ノヴァ・イン・トーキョー」。

1967年、来日していたメリルが渡辺貞夫クインテットに

ストリングスも加えて吹き込んだものです。


タイトル通り、多くの曲はボサ・ノヴァなのですが、

なぜか2曲、日本の歌謡曲が歌われています。

「夢は夜ひらく」と「信じていたい」。

メリルは日本の文化にも興味を示していたらしいので、

何らかのきっかけでチャレンジすることにしたのでしょうが、

なぜこの2曲なのか?

発売時のライナー・ノートにも書いておらず、

謎は深まるばかりです。


結論から言うと、メリルの日本語歌唱には

賛否が分かれると思います。

ある意味、日本人よりムーディーになっている内容に

ついていけない人もいるでしょうし、

その妖しさがたまらん、という人もいるでしょう。

どちらにせよ、メリルの意外な幅の広さを知ることができる

コレクターズ・アイテム(?)です。


1967年、3月26日、31日、東京での録音。


Helen Merrill(vo)

渡辺貞夫クインテット 他


①Fly Me To The Moon

日本語バージョンに行く前に「普通の」トラックを。

ストリングスとボサ・ノヴァのリズムに乗って

おなじみのメロディをヘレンが歌います。

ゆったりとしたテンポのバラッドで、

こうした曲調はヘレンの長所を

出しやすいのではないかと思います。

クリフォード・ブラウンとの

「ユード・ビー・ソー・ナイス~」と同様、

語りかけてくるようなハスキー・ボイスに

つい「心がくすぐられて」しまいます。

渡辺貞夫クインテットは伴奏に徹し、

バイブラフォンがムードを適度に高めています。


⑥夢は夜ひらく

一般的には藤圭子さんのバージョンが有名でしょうが、

こちらはそれよりも古い、園まりさんが歌ったものを

原曲にしています。

それにしても、メリルが以下のような歌詞を歌うと

ゾクゾクします。


雨が降るから 逢えないの

来ないあなたは 野暮な人

ぬれてみたいわ 二人なら

夢は夜ひらく


メリルにしっとりとボサ・ノヴァで語りかけられると、

何だか昭和のガード下で飲んでいるような気分になるのは

私だけでしょうか?

音楽そのものについて触れると、

私にはなかなか新鮮に聞こえました。

メリルの日本語には微妙な違和感がありますが、

完全に「おかしい」というわけでもない。

むしろ、歌詞の内容にある「切なさ」は、

ハスキー・ボイスとエコーがやや強調された録音で

凡百の日本人歌手より「深まっている」と思います。

そういう意味では、メリルは音楽の本質を

つかんでいたのかもしれません。


⑫信じていたい

西田佐知子さんの歌でヒットした曲だそうですが、

さすがに40代の私も西田さんは知りませんでした。

作詞は塚田茂、作曲はあの宮川泰さんです。

「信じていたい あなたの言葉・・・」という歌詞と曲の世界は、

やや演歌チックですが、ブルースに近い(!)ともとれます。

おそらく、日本人が歌うとかなりウェットなのでしょうが、

ヘレンはかなりクールなタッチにまとめました。

これは外国人による新鮮な解釈が成立した

一例に思えます。


今回、思ったのはコールとメリルの違いです。

おそらく、コールは日本語の意味はほとんど分からないのに

(内容自体もかなりナンセンスですし、それでいいのですが)、

天才的なセンスでうまくまとめてしまった。

そして、(推測ですが)メリルは日本語の世界を

かなり理解した上で、自分のオリジナリティを発揮してしまった。

二人とも、外国語の素材に対して卓越した能力を発揮した点で

「偉大なシンガー」と言えるのでしょう。