テンダー・フィーリンズ/デューク・ピアソン | スロウ・ボートのジャズ日誌

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ジャズを聴き始めて早30年以上。これまで集めてきた作品に改めて耳を傾け、レビューを書いていきたいと考えています。1人のファンとして、作品の歴史的な価値や話題性よりも、どれだけ「聴き応えがあるか」にこだわっていきます。


昨日、野田首相が環太平洋経済連携協定(TPP)について、

「交渉参加に向けて関係国との協議に入る」と表明しました。

あいまいな言い方ではありますが、

実質的な参加表明と見ていいでしょう。


このTPP論議、私はどうもしっくりしないものを感じてきました。

にわか勉強によると、TPPによって市場が拡大し、

日本が「豊かになる」ことは経済の常識だそうです。

ただ、その恩恵は薄く広いものなので、

国民一人あたり月数千円かもしれないし、

1万円かもしれない。

ちょっと実感しにくい「豊かさ」のようです。


その一方で、壊滅的な打撃を受ける人がいる。

代表的なのが農家です。

北海道では砂糖の原料となるビートが作られていますが、

関税がなくなれば、外国産と競争することは無理だそうです。

こうした、分かりやすい「敗者」がいることが、

熱い議論を生んだのだと思います。


政府は多少の「敗者」を出しても、

TPPに参加するしかない、という立場なのでしょう。

また、これに反対する人たちも、

農業関係者以外に幅広い「連帯」を作り出せず、

政府の動きを止められなかった面があります。


私は当初、議論が「しっくりこない」のは、

政府が「ていねいな説明をしていない」からだと

考えていました。

しかし、政府がTPP参加に前向きであることは明らか。

不利な説明をしないのは当たり前といえば当たり前です。

おそらく、「しっくりこない」ことの本質は

そうした表面的なものではない。


しばらく考えていて、ふと気がつきました。

これは「幸せのあり方」に関わるのではないか、と。

TPPによって、安いアメリカ産牛肉を

食べられるかもしれないし、

製造業の売り上げも伸びるかもしれない。

でも、一方で衰退する農業があり、

コミュニティの存続が危うくなる地域がある。

それが私たちの「幸せ」なのか?


いま、経済成長が続かないことが明らかな中、

「幸せ」の尺度が変わってきていると思います。

マイホームを買って、いい車を乗り回せばいい、

という価値観は古いものになりました。

代わりに、ささやかでもいいから安定した「暮らし」が

若い世代を中心に求められています。


安定した「暮らし」には、雇用や食品の安全、

場合によってはコミュニティでの「助け合い」など、

幅広いものが必要です。

そして、その実現のためには、

「競争に勝ち残ったものだけ」では不十分です。

たとえば、安全な農産物は簡単には手に入りません。

「世界(アメリカ)との競争の中で負けるから」といって、

国産の農作物が食べられなくなるとき、

そこに「幸せ」はあるのでしょうか?


また、地方が崩壊していくとき、

私たちは「競争から距離を置いて暮らす」という選択肢を

失っていくことになります。

そうした「生産性の低い」ものが滅んでいくことが、

この国の「幸せ」を全体として損なうのではないか、

と危惧します。


私は自由貿易自体を否定するつもりはありません。

しかし、これからTPP実現に向けて各国協議が始まるなら、

バランスが大切だと思います。

「競争で負けるものは滅んでも仕方がない」というのでは

あまりにも芸がない。

「何をもって幸せとし、何を守っていくのか」という議論が必要です。

そういう意味では、TPPはこれからがスタートなのかも

しれません。


「幸せのあり方」を考えていて、聴きたくなったジャズがあります。

デューク・ピアソン(p)の「テンダー・フィーリンズ」。

この中に、「幸せの青い鳥」という曲が収録されています。

非常にマイナーな曲ですが、ピアソンの演奏が溌剌としており、

幸福感があふれています。


リーダーのピアソンについて少々ご紹介します。

このアルバムが録音された1959年、

ピアソンはNYで活動を始めたばかりでした。

まず、トランペッターのドナルド・バードのグループに

サイドマンとして参加。

ブルー・ノートのアルフレッド・ライオンに

非常に気に入られたらしく、同じ年の10月には

初リーダー作「プロフィール」を録音しています。

それからわずか2か月で、この「テンダー・フィーリンズ」を

レコーディング。

黒人らしからぬリリカルなピアノに、

ライオンがどれほど期待を寄せていたかが分かります。


1959年12月16日、19日の録音。


Duke Pearson(p)

Gene Taylor(b)

Lex Humphries(ds)


①Bluebird Of Happiness

ここで提示されているのは、ささやかながら

愛すべき「幸せ」であるように思えます。

大げさな表現はどこにもないのですが、

全体が快活で、みずみずしい。

飽きずに聴けるピアノ・トリオ作品の冒頭を飾るのに

ふさわしい演奏です。

切れのいいリズム陣のサポートに乗って、

イントロからピアソンのピアノが輝きます。

チャーミングなメロディを短く弾いた後、一気にソロへ。

このソロが非常に端正です。

勢いはあるのですが、一音一音が乱れず、

品があるのです。

それでいながら、ソウルフルな表情も時に

顔を出すところが魅力的。

ある程度ジャズを聴きこんだファンなら

たまらない内容でしょう。


③I Love You

ピアソンらしい、上品なアレンジが光る曲。

メロディ部分でレックス・ハンフリーズがたたき出す

ラテン・リズムがアクセントになっています。

このリズムとピアソンのピアノが重なると、

快活と洗練が一体となった、

気持ちのいい空気が流れ出します。

ピアノ・ソロでは通常の4ビートに乗って

安定した演奏が続きますが、

ハンフリーズの叩くタム・ショットによって

演奏全体に活気が生まれるのが面白いです。


④When Sunny Gets Blue

ピアソンのリリカルな側面が全開となっている曲。

美しいバラッドで、シングル・トーンを生かした

ピアソンのプレイが光ります。

よくもまあ、これだけ抑えた表現が

できるものだと思います。

アレンジャーとしても有名な人だけに、

自分のソロだけでなく、

音楽全体を見通しているのでしょう。

まさに「テンダー・フィーリンズ」を作り出すには

もってこいの人です。


そういえば、童話の「青い鳥」はこんなストーリーでした。

シルシルとミチルという兄妹が、魔法使いの誘いによって、

夢の中で「幸せの青い鳥」を探しに出かけます。

結局、夢から覚めると、「青い鳥」は自分たちの身近な

鳥かごの中にいたー

改めて、幸せのありかを考えさせられる物語です。