マジコ/チャーリー・ヘイデン~ヤン・ガルバレク~エグベルト・ジスモンチ | スロウ・ボートのジャズ日誌

スロウ・ボートのジャズ日誌

ジャズを聴き始めて早30年以上。これまで集めてきた作品に改めて耳を傾け、レビューを書いていきたいと考えています。1人のファンとして、作品の歴史的な価値や話題性よりも、どれだけ「聴き応えがあるか」にこだわっていきます。

 

夕方、近所のスーパーで買い物をしていて

「おや?」と思いました。

「夜11時まで営業しています」という張り紙が

目に入ったからです。

 

震災発生の後、電力不足が表面化し、

近くのスーパーは夜8時ぐらいで

店を閉めるようになっていました。

それが、元の営業時間に

戻ってきているようなのです。

 

正直な話、私は深夜営業のスーパーに

ずいぶん助けられてきました。

仕事の時間が不規則で、

深夜に帰宅することもしばしば。

こうなると、遅くまでやっているスーパーは

本当に便利です。

夕食を取れなかった場合でも

適当な惣菜を買って、ビールのお伴にできます。

 

ところが、8時でぱったり店が閉まるようになり、

私は当惑しました。

そこで、これまでの「行き当たりばったり」の

買い物の仕方を変え、週末、少しだけ計画的に

食材を買うことにしました。

ある程度の生野菜と保存がきく食材を組み合わせ、

家に帰っても簡単なものは作れるようにしたのです。

これまで自炊から縁遠かった私としては

大きな変化でした。

 

結果的に、これが非常に良い効果を生みました。

まず、適度に野菜を食べるようになりました。

さらに、レシピを調べ(クックパッド、素晴らしいですね!)、

今まで全然分かっていなかった味付けや調理法を

発見することにもなりました。

大げさにいえば、電力不足が

私のライフスタイルを変えたのです。

 

しかし、世の中の流れは再び「便利な方向」に

向かおうとしているようです。

もともと面倒くさがり屋の私はスーパーの

惣菜の世界に戻ってしまうのでしょうか?

いやいや、多少手間はかかっても

新しいスタイルに喜びを見出していくような気がします。

 

本来であれば、「原発事故後」の世界を考えるにあたり、

いまは最高のタイミングなのだと思います。

原発というリスクを抱えながら震災前の生活を維持するのか、

それとも、リスクを減らして不便さを受け入れるのか。

 

これは個々人が考えるのはもちろんですが、

最後は国を挙げて議論すべきことでしょう。

そうでなければ、企業は利益追求に走り、

いつの間にか「現状が追認」されて、

震災前と同じ風景が広がることになります。

「新しい国(大きく言えば世界)のあり方」を問うのは、

政権交代を果たした政党ならできるはずです。

残念ながら、そういう声は聞えてきませんね・・・

 

今回は「新しい世界のあり方」に思いを馳せてしまうような

深みのある音楽を聴いてみましょう。

チャーリー・ヘイデン(b)、ヤン・ガルバレク(ss,ts)、

エグベルト・ジスモンチ(g,p,vo)という3者による

「マジコ」です。

 

この作品で注目すべき点は、

3人のミュージシャンのバック・グラウンドが全く違うこと。

アメリカのアイオワ州という田舎に生まれたヘイデン。

ノルウェーのオスロ出身で、「冷たい炎」を持ったガルバレク。

そして、ブラジルのリオデジャネイロに生まれ、

クラシックから民族音楽まで幅広いジャンルをこなすジスモンチ。

3人を組み合わせることにしたのはECMの

名物プロデューサー、マンフレート・アイヒャーでしょうが、

1970年代によくこんなことを考えついたなと思います。

 

内容は「国境を越えたフォーク・ミュージック」とでも

言うのでしょうか。

ECMらしい透明感がありながら、

どこか懐かしい響きがある音楽が生まれています。

勝手な推測ですが、背景も育ちも違う3人は、

自分たちに共通するものを探したのではないでしょうか。

その結果残ったのが、民族音楽にあるような

「生身の声(響き)」だったー

そして、3人は「声」を持ち寄ってインタープレイを

展開したのではないかと思うのです。

 

国や文化を越え、人間への信頼を取り戻せるかのような音楽。

聴いてみましょう。

 

1979年6月、オスロのタレント・スタジオで録音。

 

Charlie Haden(b)

Jan Garbarek(ts,ss)

Egberto Gismonti(g,p,vo)

 

①Bailarina

バレリーナ、という意味の美しい曲。

3人が作り出した新しい音楽世界を堪能できます。

作曲者はブラジルの作曲家、レイス~カルネイロ。

ギターとベースで清涼感のある空間が作られたところに、

ガルバレクのクールなサックスが

メロディを奏でながら入ってきます。

このサックスをどう表現したらいいのか?

澄んだ音色でありながら、どこか陰影がある。

一筋縄ではいかないのですが、

遠いところから響いてくるこだまのように胸に残る、

不思議な音です。

続いて、ジスモンチのギター・ソロ。

個人的には冒頭から7分ごろに現れる、

雄大なスケールを持つギターが好きです。

やがて彼のヴォーカルも加わって、

ブラジルのルーツを感じさせる

安らかな時が流れていきます。

そこにソロで加わるガルバレク。

ここで演奏のテンションが上がり、

ピンと張りつめた空気が広がります。

ブラジルと北欧の音楽が融合した

緊張感のある美しさ。

終わりはあっけないのですが、

おそらく、このインタープレイには

終着点を見出すことができなかったのでしょう。

 

③Silence

ヘイデンが作曲したナンバー。

演奏者の集中力が極めて高い、美しいバラッドです。

ジスモンチがピアノでゆっくりとハーモニーを奏でる中、

ガルバレクがソプラノで痛切なソロを展開します。

これが「痛切」という言葉以外、見つからないほど

胸に迫ってくるソロなのです。

続くヘイデンのベース・ソロはゆったりとして、重厚。

どこにも無駄な音がありません。

とつとつと響く一音一音に説得力があります。

最後にガルバレクがメロディを吹きますが、

これも全く隙がない恐ろしいまでの集中力が

こめられたソロです。

 

他に⑤Palhaço の平和で美しい調べも素晴らしいです。

 

何か「普遍的なもの」を感じさせる3人の音楽。

人間にとって大切なものは何か、

考えさせられてしまいます。

 

日々、余震が起きたり、原発から汚染物質が漏れていたり。

その時々のことばかりを追うのに精いっぱいになりがちですが、

「原発事故後」にいったん変えた生活がどんなものだったのか。

これでやっていけるのか、いけないのか。

いま一度考えるように身近なところから

呼びかけてみたいと思います。