鳩山政権が試練を迎えていますね。
沖縄の基地の縮小問題。
政府は、普天間基地の移設先を、
当面決めないという方針を決定しました。
正直、政権交代があったからといって、
沖縄をめぐる状況が劇的に変わると楽観視している
国民はどのくらいいるのでしょう?
外交がそれほど甘くないこと、アメリカという国が
「日米同盟」という言葉を使う割には、
「戦勝国」(太平洋戦争のですよ)という立場を貫いていることは
多くの国民が知っていることだと思います。
日本にできることがあるとするなら、
せめて政府の意見を一致させ、
それをアメリカに伝えるということではないでしょうか。
それが通らなかったら、
外交の冷徹な現状が明らかになるとしても、
国民はある程度納得すると思います。
しかし、いまは国内の統一見解さえ先延ばしに。
これではアメリカは交渉のテーブルにさえ乗ってくれません。
いまの政権の試練は、己が招いたものだと言えます。
連立政権のため、異なる意見が閣内・与党にあるにせよ、
重大な役目を負っているのですから、
最後は「落としどころ」を探らなくてはなりません。
連立政権成立時のレベル合わせが
甘かったのかもしれませんが、
「この政権で何を目指すのか、いますべきことは何か」
確認し、行動してほしいものです。
政権が成立して間もない今しかチャンスはないと
思うのは私だけでしょうか・・・・
いまの政権の状況と比べると、
ジャズマンの方がよほど大人では?と思えます。
個性が全く異なるメンツが集まっても、
目指す「最良の音楽」をそれぞれが自覚し、
素晴らしい成果につなげているのですから。
1957年、当時のオール・スターによる
ジャム・セッションを収録した「シッティン・イン」。
3人のテナーサックスが参加するという、
いかにも「お祭り的」なセッションです。
3人は「クール・サウンド」のスタン・ゲッツに
「スイングの名手」コールマン・ホーキンス、
エリントン楽団の花形、ポール・ゴンザルベス。
それぞれ、個性も背景もまったく違います。
一つ間違えばバラバラになりそうですが、
それぞれがお互いの個性を認めて、
一体となってサウンドを作り上げています。
特に「バラッド・メドレー」はお見事。
1957年6月26日、NYでの録音。
Dizzy Gillespie(tp)
Stan Getz(ts)
Coleman Hawkins(ts)
Paul Gonsalves(ts)
Wynton Kelly(p)
J.C.Heard(ds)
Wendell Marshall(b)
②Ballad Medley
Stan Getz~I'm Through With Love
Paul Gonzalves~Without A Word Of Warning
Dizzy Giliespie~Sweet Lorraine
Wynton Kelly~Love Walked In
Coleman Hawkins~September Song
クレジットが長くなってしまいましたが、
上記のように、このメドレーはそれぞれの奏者が
別々の曲を演奏し、つないでいくというものです。
バラバラになってもおかしくない構成ですが、
まとめて「一つの曲」と思えてしまうぐらい、
統一感のある演奏です。
最初に登場するのはスタン・ゲッツ(ts)。
彼らしい、リリシズムたっぷりの演奏です。
感情は極力抑えているのに、歌心は十分感じられる。
彼の演奏がこのメドレーのトーンを決定づけたと
言っていいでしょう。
続いて、ゴンサルベス。
スタイルとしてはスイングの影響があるでしょうか。
「ススス・・・」という、息遣いが随所に現れる
ゆったりした演奏。
すぐ近くにいるホーキンスに影響されたかな?
そして、トランペットでガレスピーが登場。
ミュートによる「スウィート・ロレイン」は、
彼らしい、快活なスイング感があふれるもの。
ちょっと盛り上がりがでてきたところで
ピアノのケリーにバトンが渡されます。
大物に囲まれていますが、
自分のペースを失うことなく、
例のすばしこいソロを聴かせる。
これに対し、最後に登場するホーキンスは泰然自若。
若者のスピード感あるプレイに全然あわてず、
どっしりしたテナーを吹きます。
このあたりの個性の違いがありながら
最後は無事に着地してしまうのが何とも面白いのです。
いつ沖縄の基地問題が進展するのか・・・・・
政治の世界、様々な思惑があるのでしょうが、
まず、「クリアな主張」がなければ話は進まない。
ジャズの世界だって、「俺はこういうソロをとる!」という
主張があるからこそ、相手に合わせられるのです。
自民党時代にはアメリカに「ものを言う」こと自体が
放棄されていたのですから、
新しい政権には「主張」を持つこと、それだけを期待します。
