春の冷たさ、というものがあります。
このところ陽射しも暖かくなり、春を実感しますが、
時に冷たい風が身を震わせます。
まだ冬の名残がどこかにあり、コートを羽織るべきか
ジャケットだけでいいのか迷ってしまうような時。
木々も芽吹いてはいますが、まだ生き生きしてるとは
言えないような状態の時。
そんな時期に私が取り出してしまうのが
アート・ランディ(p)とヤン・ガルバレク(sax)のデュオ作品
「レッド・ランタ」です。
編成からもお分かりの通り、この作品は私が主に取り上げてきた
4ビートを基調とするジャズではありません。
フォーク・ミュージックを基盤とした素朴さを持ちつつ、
クラシックに通じる透明性も備えている音楽、
と言ったらいいでしょうか。
即興があることで、ジャズとかろうじて通じている、
という感じです。
二人が生み出す独特の響きを言葉で説明するのは難しいのですが、
そのイメージを見事に視覚化したのがジャケットの写真です。
ヨーロッパで撮影されたと思われる一枚。
どこかすっきりしない空と緑が、
デフォルメされて写し出されています。
ここから読み取れるのは、まだ眩い光に支配されていない季節。
緑はあり、生は息づいているものの、解放感に欠けている。
生き物がエネルギーを爆発させる前の静けさと緊張感。
そんな「春の冷たさ」を描いたと思われるジャケットであり、
音楽の内容もこのイメージにぴたりと当てはまります。
二人のミュージシャンについて簡単にご紹介しましょう。
ピアノのアート・ランディは1947年、
アメリカのニューヨーク州に生まれました。
一時期は東海岸で活動したそうですが、
自然豊かな西海岸にひかれ、
サンフランシスコに移住したそうです。
彼のピアノの澄んだ響きには、
自然への思いがあるのかもしれません。
もう一人のサックス奏者、ヤン・ガルバレクは
ランディと同じ年に、ノルウェイのオスロで生まれています。
18歳で自分のグループを結成するほどの天才少年だったとのこと。
陰影のある音色は、北欧という風土がもたらしたのでしょうか。
1973年、オスロでの録音。
全曲、アート・ランディによる作曲です。
Art Lande(p)
Jan Garbarek(Flute,Soprano and Bass Saxophones)
①Quintennaissance
辞書を引いても出てこない、謎の単語がタイトルになっています。
「アルバム全体を象徴してしまう一曲目」というのがありますが、
これはまさしくそんな曲。
フルートとピアノが張り詰めた緊張感の中、
澄みきった美しい調べを奏でます。
この曲が流れると、部屋の空気がたちまちひんやりしてしまう。
早朝、まだ肌寒い中、静かな森に入ってしまったかのような
すがすがしさがあるのです。
ランディのソロも、ガルバレクの吹くメロディも
非常に抑制がきいています。
自然への畏敬の念がそうさせたのか、
フォーク・ミュージックの趣がある、
記憶に残る一曲です。
②Velvet
これはガルバレクの美しいソプラノ・サックスを
聴くべきトラックです。
ガルバレクは北欧出身ならではの、
「冷たい炎」を燃やすかのような演奏をします。
やや陰りがあり、細く引き締まったような音色がするのです。
しかし、音楽自体が冷たいわけではありません。
ここで聴かれるように、繊細な叙情を表現するのを
得意としているのでしょう。
⑨Cherifen Dream Of Renate
冒頭、尺八にも似たフルートが朗々と響きます。
そこにひっそりと寄り添うようなピアノ。
東洋的なメロディを持つ、印象的な曲です。
わずか2分ほどの演奏ですが、
闇夜に放たれたかのようなフルートは、
なぜか懐かしさを感じさせます。
冬と春が交錯しているのでしょうか。
このアルバムが「春の冷たさ」を描いている、
というのは私の勝手な解釈です。
しかし、本当にそんな風に聴こえる、
「清新さ」がある作品なのです。
動植物が息を吹き返し、にぎやかになる前のひと時。
私は気持ちを新たにするために耳をすませます。
