クインテッセンス/ビル・エヴァンス | スロウ・ボートのジャズ日誌

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ジャズを聴き始めて早30年以上。これまで集めてきた作品に改めて耳を傾け、レビューを書いていきたいと考えています。1人のファンとして、作品の歴史的な価値や話題性よりも、どれだけ「聴き応えがあるか」にこだわっていきます。

Quintessence


いわゆる批評家からの受けは悪いのですが、

繰り返し再発される作品があります。

なぜなのか。

ファンからの根強い支持があるというのが理由の一つ。

もう一つは、レコード会社の「本当の音楽好き」が

しつこく世に出そうと努力しているから、だと想像します。


ビル・エヴァンス(p)の「クインテッセンス」。

評論家筋からはほとんど無視されている作品です。

このブログを書くにあたり、

ネット上でレビューが書かれていないか検索してみたのですが、

ごくわずかしかありませんでした。

その他、過去に出たジャズ雑誌での

「エヴァンス特集号」もあたってみたのですが、

「参加メンバーがミスキャスト」といった評価もあり、駄作扱いです。


しかし、この作品は繰り返し再発されてきました。

私も愛おしくてしょうがありません。

仕事に疲れ果てたり、ふと寂しくなった時。

それが真夜中だったりすると、

大きい音で音楽を聴くわけにもいきませんし、

ノリノリのジャズでは、かえって気に障ったりもします。

「ひっそりと、心穏やかになりたい時の音楽」

-私にとってそれが「クインテッセンス」です。


参加メンバーは有名な人たちばかりですが、

確かに異色の顔合わせです。


Bill Evans(p)

Harold Land(ts)

Kenny Burrell(g)

Ray Brown(b)

Philly Joe Jones(ds)


まず、ビル・エヴァンスとテナー・サックスという

楽器の組み合わせが珍しい。

それも、太くて重い音が身上のハロルド・ランドというのが驚きです。

普通なら、リリカルな演奏が得意なリーダーに合わせ、

ここはズート・シムズかスタン・ゲッツといった

白人テナーの出番でしょう。


さらに、ギターはブルージーなケニー・バレル。

これも、普通ならジム・ホール(g)といった、

白人系で、エヴァンスと同様に繊細なプレイができる人が

配されるでしょう。


そして、ベースがレイ・ブラウン。

彼が一番エヴァンスと「合っていない」かもしれません。

エヴァンスはベーシストと対等に丁々発止のやりとりをする

「インタープレイ」を得意としています。

その場合、ベーシストはピアノに応じて柔軟にテンポを変えたり、

ソロ楽器として「対話役」を担わなければなりません。

ところがブラウンはスイング感でバンドを牽引していくタイプ。

直線的にグイグイと歩むベースは、「対話役」というより

「バンドの背骨役」という感じで、

本来ならエヴァンスと相容れないはずです。


それでもなお、このメンバーが作り出す音楽が素晴らしいのは、

「合わないなりにお互いを尊重した」からだと思います。

それぞれのメンバーがリーダーのエヴァンスの音楽性を尊重し、

できる限り「歩み寄った」。

お互いへの敬意が伝わってきて、

聴く方はうれしく、心穏やかになるのです。


1976年5月、カリフォルニアでの録音。


①Sweet Dulcinea Blue

風変りなタイトルですが、Dulcineaという言葉を辞書で調べると

「ドルシネア~ドンキホーテが憧れた田舎娘、(理想化された)恋人」

とあります。

なかなか意味深なタイトルですが、音楽も不思議です。

「きらめきを持ったブルー」とでも言うのでしょうか。

イントロのくすんだ輝きを放つエヴァンスのピアノ。

それに続くサックスとギターによる静かなメロディ。

物憂げながら、悲しみにまでは至らない、

微妙な雰囲気を作り出しています。

全体的にはリーダーの世界に合わせた音楽が展開されます。

エヴァンスによる最初のソロは、彼らしいリリカルなもので、

自然にテンポを上げながら眩いばかりの音を重ねていきます。

続くケニー・バレルは、自分のリーダー作と比べると

相当白っぽいというか、ブルージーさを抑えた演奏。

もともと粘着性はあまりない人ですが、ここではより

淡白な味わいなのです。

その後にもう一度エヴァンスの短いソロが入り、

今度はテナーのハロルド・ランドの登場。

ランドも普段のエネルギッシュなプレイの片鱗は見せますが、

基本的には抑えたプレイ。

ここまで自分をコントロールできる人とは知りませんでした。

やはりそれだけリーダーの世界が「立っている」ということでしょうか。


②Martina

ミシェル・ルグラン作曲によるバラード。

これもエヴァンスにぴったりの美しい曲です。

私はここではもっぱらレイ・ブラウンのベースを聴きます。

ブラウンはここで、グイグイ押すベースではなく、

抒情的な曲に合わせた「スペースを作る」プレイを任されています。

彼の重厚なベースは正直、やりにくそうです。

エヴァンスのソロのバックの時など、

テンポに合わせ、柔軟にスピードを変えますが、

時に音が多く、ぴったりと「はまった」感じはありません。

それでも、この大ベテランが何とか呼吸を合わせようとしている

その努力と、達成された美しい音楽を聴けば、

いいじゃないか、よくやったと拍手したくなるのです。


⑤Bass Face

ケニー・バレルの曲。

これは他のメンバーにエヴァンスが「合わせた」演奏です。

典型的なブルースに、最初にソロを取るランドも解放された感じ。

爆発こそしないものの、細かいフレーズを連発する、

彼らしいブロウを聴かせます。

続くエヴァンスは「彼なりのブルース」を弾いていきます。

音づかいはブルースですが、彼にかかるとやはり黒くはならない。

さらっと短く、簡潔にまとめます。

その後に登場するバレルは自作曲で居心地が良かったのか、

いつものブルース・フィーリングを全開。

一気にブルーさが増してきます。

これを受けて、ブラウンからフィリー・ジョーに続くソロ。

彼らは抜群の安定感でまとめあげます。

この辺りは勝手知ったるハードバップ的なプレイで、

エヴァンスがちょっと小さくなっている感じでしょうか。


皆、確立したスタイルがあるだけに、

合わせるのは難しかったはず。

よく聴けばアンバランスなところもありますが、

聴き流している分には、その苦労は伝わってきません。

この「さりげなさ」こそがプロならではの

「クインテッセンス(真髄)」ではないでしょうか。


歴史に残る名盤ではないかもしれませんが、

お互いを認め合ったミュージシャンの貴重な交流の記録は

今後も忘れられることなく、再発も折にふれ行われていくことでしょう。